2017年11月24日 (金)

個人情報保護法の知識〈第4版〉 (日経文庫)

個人情報保護法の知識〈第4版〉 (日経文庫)、おかげさまで増刷が決まり、計1万部となりました。このご時世に有り難いことであり、これもひとえに読者の皆さまのおかげです。

http://amzn.to/2B7Nhm3

校正漏れがありましたので、初刷の正誤表を掲げます。
 
63頁5行目
「二〇一七年一月一日」
「二〇一六年一月一日」
 
227頁8行目以下の各該当箇所
「行政機関非識別加工情報」「独立行政法人等非識別情報」の文言から「加工」が抜けていました。
 
お詫びして訂正します。第二刷以降は訂正済みです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月 6日 (火)

著作者の権利の放棄

泉谷しげる氏が、自作2曲の著作権放棄を希望しているという。
 
「嫌いな歌をイヤイヤ歌ってもな~」ということだ。
 
 
これを素材に、考えてみてほしい。
 
著作権を放棄するとどうなるか。著作者人格権はどうか。
 
オープンソース開発者も考えてほしい。
 
著作権も財産権なので、明文規定はないが放棄が可能である。一方的な宣言で足りる。
 
それによってパブリックドメインとなる。
 
だから、改良版が二次的著作物となって、その著作者に独占権が生じ、コミュニティに還元されないとしてストールマンは諫め、放棄ではなくGPLを適用するよう奨める。
 
これに対し、著作者人格権を包括的に放棄することは許容されないと考えられている。つまり、泉谷さんは、著作者人格権を放棄したくても、できないのである。
 
だから実務的には、著作権の譲渡契約に、それに代えて、人格権の包括的不行使特約を付ける傾向がある。
 
但し、個別事案については、著作者は同意することができる。例えば、同一性保持権について、特定の改変について個別同意するといった具合である。
 
司法試験直前の知財選択者で、拙著『著作権法〔新訂版〕』を持っている人は、他の論点も含め、
 
専用問題集 統合版 Ver.0.9
 
 
で、知識を最終チェックしておいてほしい。
 
PDF版のダウンロードは、岡村久道「著作権法」サポートサイトからどうぞ。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月23日 (水)

個人情報保護法改正と情報公開法制

個人情報保護法改正に向けて、識別性概念を改正して拡張せよという意見も強い。
 
しかし、次の段階として行政機関個人情報保護法、独立行政法人等個人情報保護法などの改正が控えているだけでなく、さらに、識別性概念は他の多数の法令でも用いられている。したがって、それを拡張してしまうと、他の法令に及ぼす影響が大きいので、その影響を調査、検討しておく必要がある。
 
例えば情報公開法 5条は、憲法21条に基づく国民の「知る権利」を守るための最重要の法律であるが、次のとおり、個人情報を不開示事由としており、個人情報を定義するにあたって識別性の有無を要件としている。
 
すなわち、同法上の個人情報とは「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」
 
もし識別性概念を拡張して、情報公開法5条も「右にならえ」をすれば、情報公開されべき情報について、上記「拡張」によって不開示になる領域が大幅に増えるおそれがある。つまり、国民の知る権利が妨げられる可能性がある。各自治体は情報公開条例を制定しており、それらについても同様の問題が発生する。
 
情報法学者なら、情報法制全体に配慮して当然である。特に、壊れやすく、傷つきやすい表現の自由、そのコロラリーたる、知る権利には……。
 
ちなみに、情報公開法5条の解釈に関する判例理論は、提供元ではなく提供先を基準に、しかも一般人を基準として識別性の有無を判断しているものが判例の主流である。このように、提供先となりうる一般人を基準に判断する以上、提供元において判断できないというおそれはない。もしできないというなら、最高裁判例を間違いとして責めていることになる。実務的にも、こうした基準で何ら不都合は生じていない。
 
これに対し、識別性判断について提供元基準説という見解があるようだが、それによれば情報公開法制が、さらに酷い状態になってしまうことを、賢明な読者諸氏なら、もうお分かりだろう。
 
なお、個人情報概念を用いている他の代表的な法令は次のとおり。
 
それぞれ定義規定を置く他の法律
 
公文書管理法15条3項、職業安定法4条、労働者派遣事業法7条、港湾労働法14条、クローン技術規制法13条等
 
特に定義規定を置いていない法律
 
医療法6条の5第1項8号、犯罪被害者等基本法15条、地理空間情報活用推進基本法15条、探偵業律8条、競争の導入による公共サービスの改革に関する法律33条の2第2項、厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律4条、社会保障協定の実施に伴う厚生年金保険法等の特例等に関する法律102条、地理空間情報活用推進基本法15条等は、特に定義規定を置いていない。
 
個人情報保護3法を引用する法律
 
統計法52条、共通番号法2条3項
 
このように考えると、個人情報保護法の改正に当たっては、先に関連する法令について、影響度をしっかりと調査する必要があるはずだ。
 
とはいえ、現在のところ、事務局案では、識別性概念それ自体は拡張しない予定のようだ。東大の宇賀さんが座長なので大丈夫だとは思うが、表現の自由との適正なバランスを保つために、この線を、しっかりと死守してほしい。
(「準個人情報」については別の機会に述べたい)
 
補足
 
個人情報」等の定義と 「個人情報取扱事業者」等の義務について(事務局案)<詳細編>
スライド2には理解不足がある。
 
「(第三者提供時の容易照合性判断基準)
提供元(情報を取り扱う事業者)を基準に判断する。
(理由)提供先において特定個人を識別できるか否かは、本人同意を得る等義務を負う提供元においては判断ができない。 」
 
という点である。
 
下記のように、
正しくは、下記のスライド59番のように、識別データを加工して非識別データを作って第三者提供する際に、本人の同意を要しないためには、提供元が手元にある「照合表」を完全消去しなければならないとするのが、提供元基準(提供者基準)説である。なぜなら、提供元を基準にする限り、提供元に照合表が残っている限り、それと容易に照合して識別しうることになるからである。
https://staff.aist.go.jp/takagi.hiromitsu/paper/kof2013-takagi.pdf

提供元を基準に一般人を基準として判断するという意味は必ずしも明らかではないが、仮に、一般人たる提供元の立場で判断するという意味なら、一般的な提供元は「照合表」を保有しているのであるから、すべて加工した情報についても原則「識別性あり」という結果になりかねない。やはり欠陥のある見解であることに変わりはない。
 

| | トラックバック (0)

2014年3月24日 (月)

個人情報保護法23条の識別性判断基準と省庁指針

 個人情報保護法23条にいう「個人データ」の識別性判断基準について、提供先ではなく提供元を基準とする考え方が政府見解だと主張している人が居るようだ。本当であろうか。
 
省庁が策定したガイドライン(指針)の大部分は、この点に関する解釈について明確には触れていない。
 
数少ない例外として、厚生労働省の『医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン』(平成22年9月最終改正)がある。
 
「特定の患者・利用者の症例や事例を学会で発表したり、学会誌で報告したりする場合等は、氏名、生年月日、住所等を消去することで匿名化されると考えられる」として発表等を適法としている(7頁)。本文で引用した部分に続き、「症例や事例により十分な匿名化が困難な場合は、本人の同意を得なければならない。」としている。
 
「当該発表等が研究の一環として行われる場合」には同法50条1項に示す取扱いによるものとしている。したがって、上記で引用した取扱いは同法50条1項が適用されない場合についてのものである。
 
なお、「診療録等の診療記録や介護関係記録については、媒体の如何にかかわらず個人データに該当する。」(7頁)
 
同省『福祉関係事業者における個人情報の適正な取扱いのためのガイドライン』(平成16年11月)5頁もほぼ同趣旨を説く。
 
さらに、同省・文部科学省『疫学研究に関する倫理指針』(平成20年12月1日一部改正)は、30頁で、「連結不能匿名化又は連結可能匿名化であって対応表を提供しない場合」には、本人の同意がなくとも「所属機関外の者に提供することができる」とする。
 
これは、厳密には保護法の指針ではないが、当然のことながら保護法を踏まえているものと言えよう。提供先にとって非識別化されていれば、提供元にとって連結可能匿名化のままでも、提供先との関係において非識別化されていれば、同項の適用対象外となり、本人同意を要しないという解釈を示すものである。この場合における連結可能匿名化とは、提供元にとって対照表と照合しようとすれば照合可能であるような状態を指しているからである。
 
厚生労働省や文部科学省が政府見解に逆らっているとは思えない。これは、上記主張が事実ではないことを示している。(追記:存在もしていない政府統一見解に、気付かなかったことがあるのではというのも、非論理的にすぎる)
 
情報は正確でありたいものだ。
 
念のため、これらのガイドラインの原典へのリンクを明らかにしておく。
 
厚生労働省の『医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン』(平成22年9月最終改正)
 
同省『福祉関係事業者における個人情報の適正な取扱いのためのガイドライン』(平成16年11月)
 
同省・文部科学省『疫学研究に関する倫理指針』(平成20年12月1日一部改正)

| | トラックバック (0)

2014年3月18日 (火)

個人情報保護条例と個人識別性概念

個人情報保護条例における個人情報概念について、個人識別性に関する規定内容が千差万別に過ぎるという批判をする人がいる。本当にそれは事実であろうか。
 
各条例は、識別性を要件として定めている点で共通するが、照合による識別性を、(a)明記するものと、(b)明記しないものがある。さらに類型(a)は、行政機関個人情報法2条2項等と同様に、単なる照合で足りるとするもの((a)-1)と、個人情報保護法2条1項と同様に、照合容易性を明記するもの((a)-2)とに分かれている。
 
個人情報保護法において、照合容易性の要件は民間部門の事業者への過重負担とならないよう、義務の対象情報を限定するために設けられたものであること、行政機関個人情報法と区別する合理的理由がないことを考えると、条例における(a)-2の合理性には疑問がある。
 
(b)は「識別されたまたは識別されうる個人に関するすべての情報」と規定するOECDガイドラインに倣ったものであろう。同ガイドラインの解釈においては、「識別されうる」とは照合による識別性を含むものと考えられている。したがって、形式的な文言上の違いはともかくとしても、その実質的意味は(a)-1と同様である。なお、(b)のことを「照合除外型」と呼ぶ人も、一部にいるようだが、それは間違った理解である。(b)も照合による識別を除外していないからである。
 
このように、個人情報保護条例における個人識別性の規定内容は、実質的には2つに大別しうる。したがって、規定内容が千差万別に過ぎるという批判は間違っている。ただ形式上において違いがあるため、見かけの上で千差万別であるように感じられるに過ぎない。
 
ちなみに、定義規定の明確性、行政機関個人情報法との調和等を考慮すると、個人情報保護関係5法成立後の現在においては、(a)-1に統一されることが最も望ましい規定形式といえよう。

| | トラックバック (0)

2014年2月 6日 (木)

「別人作曲」問題の波紋-佐村河内守氏事件

佐村河内守氏の「別人作曲」問題が波紋を呼んでいる。
 
18年間にわたってゴーストライターを使い、作曲させていたというものだ。その人物に「イメージなど」を伝えていたという。
 
影響は大きい。コンサートは中止、「広島市民賞」は取り消しを検討、CDも出荷停止にすると報道されている。
 
その一方、テレビのワイドショーでは共同著作になる可能性があるという指摘もされているが、本当であろうか。
 
彼が伝えていた「イメージなど」の実物と言われるもの(交響曲1番に関する書類)が報道されているので、それに基づいて検討してみたい。
 
結論的には、「イメージなど」の内容を見る限り、タイムテーブル+抽象論であり、創作的表現の具体的指示と言えるか疑問である。
 
まず、著作者の判断基準について整理しておきたい。
 
実際に著作物の作成作業を事実行為として行った者が、一般的には具体的な創作的表現を行ったと認められるから、原則として著作者となる。
 
ただし、単にAがBの具体的指示に従って作業を行ったにすぎないような場合には、AではなくBが著作者となる。この場合には、具体的な創作的表現がBに帰属しているからである。ここに具体的指示とは具体的な創作的表現に対するものである必要があり、単に抽象的なアイデアの提供では足りない。
 
同一の著作物中に、Bの具体的指示による部分と、A独自の創作的表現が併存しているときは、AとBの共同著作物となる。
 
著作者の認定は、著作物の性格によって具体的な判断手法が異なりうる。複数の工程を経て作られる著作物の場合には、その表現が確定する段階について作った者が著作者となる。
 
楽曲の場合については、どのように考えられるべきか。
 
記念樹事件の東京高判平成14年9月6日は、「一般に、楽曲の要素として、旋律(メロディー)、リズム及び和声(ハーモニー)をもって3要素といわれることがあり、また、場合によってはこれに形式等の要素を付け加えて、これら全体が楽曲に欠くことのできない重要な要素とされている」とした上、「少なくとも旋律を有する通常の楽曲に関する限り、著作権法上の『編曲』の成否の判断において、相対的に重視されるべき要素として主要な地位を占めるのは、旋律である」としている。
 
ところが、本件の「イメージなど」の内容には旋律はないに等しい。それどころか、バッハやモーツアルトなどの作品名が記載されている。「ペンデレツキ」「ペンデNo2」という記載も登場する。おそらく宗教音楽の影響が強い現代音楽作曲家、クシシュトフ・ペンデレツキや、その交響曲2番「クリスマス」を指しているのだろう。それを要素として何パーセントか配合するようにとの指示のようだ。
 
模倣せよという指示だとは思わないが、自らの具体的な創作的表現を示したものでないことも事実だ。
 
こう考えてくると、やはり共同著作は無理筋のようだ。
 
補筆
 
共同著作、二次的著作物の成否という点について補筆しておきたい。
 
「共同して」創作すれば共同著作となり、これを欠けばならない。
 
「共同して」というためには、当事者間に、客観的にみて創作的寄与の同時性を要するだけでなく、主観的にみて共同製作の意思を要するというのが判例理論。
 
本件では創作的寄与の「同時性」どころか、「創作的寄与」それ自体があるか疑問が残る。自ら作曲作業もせず、具体的な創作的表現に関する具体的指示もしていると言えそうにないからである。
 
共同著作とならない場合でも二次的著作物(2条1項11号)となることがあるが、二次的著作物になるためには、新たな創作性を付加する必要がある。
 
本件では、それもなさそうである。
 
ちなみに、職務著作とならないのかというご質問もいただいた。
 
しかし、本件では、今回に至るまで、佐村河内守氏自身が、自ら独力で交響曲1番を創作した旨を主張し続けてきた。ゲーム製作企業やプロダクションなどの事業体のように、誰かを雇って作ってきたという話ではなかったはずだ。ゴーストライターなのだから、あまりにも当然のことではあるが。
 
それゆえ、著作権法15条にいう「使用者」や「その法人等の業務に従事する者」「職務上作成する」というような関係に該当するような話ではないと考えるのが、自然なのではないか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年12月24日 (火)

『パーソナルデータの利活用に関する制度見直し方針』への期待

内閣官房のIT総合戦略本部は、個人情報保護法の改正等に向けた『パーソナルデータの利活用に関する制度見直し方針』(以下「本方針」という。)を2013年12月20日付で決定した。
 
短期間に良い内容にまとめられたことについて、深く敬意を払うものである。
 
プライバシーへの言及がなされている一方、短期間での整理であったためか、個人識別性との関係で、プライバシー判例には触れられていないので付言しておきたい。
 
個人情報保護3法が保護しようとする「権利利益」は、主要なものはプライバシー、その他としては名誉権等であると考えられている。
 
最高裁の確立した判例理論は、いわゆる匿名情報のような非識別情報の公表・提供行為は、プライバシー侵害とならないという立場である。
 
それは、『石に泳ぐ魚』事件の1審の東京地判平成11年6月22日判時1691号91頁、控訴審の東京高判平成13年2月15日判時1741号68頁、それを是認した上告審の最判平成14年9月24日裁時1324号5頁が判示している。
C1
 
また、最判平成15年3月14日民集57巻3号229頁(長良川少年報道事件)も同様の立場を採用している。
 
以上の点について、当然ながら下級審判例 も、おおむね同様の立場である。東京地判平成24年8月6日平24(ワ)6974号等である。
C2
 
こうした確立した判例理論からすれば、一般人たる情報の「受け手」にとって誰の情報か分からない(つまり個人識別性のない)、例えば「某大手企業の某役員が性病に罹患して、昨夕、都内の病院に通院した。」のような種類の情報を公表・提供しても、プライバシー侵害も名誉毀損も成立するか疑問である。当該情報の「受け手」にとって特定個人についての識別性がなく、当該特定個人の人格権、人格的利益が損なわれたとは認められるであろうか。
 
現行の個人情報保護法に関する厚労省関係のガイドラインでも、非識別化した情報の提供が適法とされているように見受けられる。医療・介護ガイドラインや、福祉関係事業者ガイドラインは、「特定の患者・利用者の症例や事例を学会で発表したり、学会誌で報告したりする場合等は、氏名、生年月日、住所等を消去することで匿名化されると考えられるが、症例や事例により十分な匿名化が困難な場合は、本人の同意を得なければならない。」としている。
 
これらの点は先日の「法とコンピュータ学会」で基調講演したところである。上記スライドはその際のものに少し手を入れたものである。
 
リーディングケースとされる前述の最高裁の判例理論では、プライバシー侵害だけでなく名誉毀損についても同様の法理が採用されている。
 
こうした前提の下で、今回の方針でも指摘されているように、近時は新たな情報通信技術の進展によって新たな局面を迎えている。それに対する対応として、国際的調和を図りつつ、産業振興とプライバシーとの調和を図ることが求められている。そのため、範囲を画して非識別化といえるための条件設定を模索している。
 
今回の方針に賛成であるが、今後の具体化に向けた検討作業の過程において、良く理解せずに独自見解を主張する人も登場する可能性があるので、意見を集約するには、さらなる努力と深い知見を要すると思われる。それを乗り越えて、今回の方針を踏まえた適正な改正案が作られ、改正に至ることを期待したい。

| | トラックバック (0)

2013年12月20日 (金)

番号法の成立と今後の課題

情報ネットワーク法学会 第13回研究大会(2013年11月23日)
特別講演
「番号法の成立と今後の課題」
 講師:岡村久道
動画が下記からご覧になれます(YouTube)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月12日 (木)

舞台降板事件訴訟と人格権

あるタレントさんが舞台の練習参加を拒んで降板した事件(正確には舞台そのものがボツになった事件)が、舞台製作者側との裁判紛争に発展して、メディアで話題となっている。
 
第三者が出版した自伝をベースに作られた脚本が、当該第三者の意向を無視していることが、降板した理由として主張されているようだ。
 
その期日で裁判長が「原作、原案というより、モデルの人格権に関わる。」という言葉を述べたとして、「人格権」の意味がメディアでさらに憶測を呼んでいる。
 
脚本も原作も拝見していないので、現時点で正確な判断は困難である。そのため、以下、このような類型の事件についての、あくまでも「人格権」に関する一般論にとどまるが、メモとして残しておきたい。
 
原作の創作的表現について本質的特徴を直接感得しうるなら(江差追分事件最高裁判例が提示した基準)、脚本化は、著作者人格権のひとつである同一性保持権侵害に該当しうる。これも一応は立派な人格権である。
 
ちなみに、「原作、原案」という区分は、アイデアは著作権法の保護範囲外という趣旨をいいたいのであろうが、用語として裁判実務では一般的ではない。創作的表現を対象に、上述した感得性の有無によって決せられる。
 
さらには著作権法113条6項の、みなし著作者人格権侵害に該当する可能性もある。こちらは「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」が対象となる。芸術的な裸婦像をストリップ劇場の看板に流用するようなケースが典型例である。
 
その一方、人格権の代表とも言うべきプライバシーについては、前記第三者本人が既に著書として出版しており、その限度では公知性があるから、純然たるプライバシーの問題とはとらえにくい。
 
しかし、脚本をモデル小説になぞらえれば、原著に記載されていない内容を無断で脚本に入れた場合にはプライバシーの問題が、脚本で虚偽を織り交ぜたような場合には名誉毀損が成立する余地がある。
 
でもそれだけではない。客寄せパンダとして著作者名を無断利用するのなら、最高裁がピンクレディー事件で認めたパブリシティ権の問題ともなりうる。これを最高裁は人格権たる肖像権の一種と位置付けている。この辺りの領域は深い判例理論の知識がなければならない。最近の保護法改正論でも、プライバシー重視を主張するというなら、もっと判例理論をきっちり理解していなければならない。
 
いずれにしても、本件では問題となった原作だけでなく、脚本を見なければ正確な判断は難しい。以上が、純然たる一般論にとどまるゆえんである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月25日 (金)

プライバシー情報の公表と識別性-「石に泳ぐ魚」事件再考

はじめに
 
ある情報の公表がプライバシー権の侵害を構成するためには、当該情報が特定個人を識別しうるものであるという性格(個人識別性)を有していなければならないか。この点が問題となったものとして、「石に泳ぐ魚」事件がある。
 
本件は、モデル小説「石に泳ぐ魚」(本件小説)について、名誉毀損とプライバシー権侵害を理由に損害賠償等を請求した事案であった。本件小説はXについて実名ではなく仮名(本稿では「PQ」と別仮名で以下表記する。)を使ったため、Xという特定個人を識別(同定)できるか否かが争点の一つとなった。
 
1審判決
 
1審判決(東京地判平成11年6月22日判時1691号91頁)は、「本件小説の不特定多数の読者が『PQ』とXとを同定し得る……から、本件小説中に、『PQ』について、Xがみだりに公開されることを欲せず、それが公開された場合にXが精神的苦痛を受ける性質の未だ広く公開されていない私生活上の事実が記述されている場合には、本件小説の公表はXのプライバシーを侵害する」とした。
 
控訴審判決
 
控訴審判決(東京高判平成13年2月15日判時1741号68頁)も、「Xの属性からすると、芸大の多くの学生やXが日常的に接する人々のみならず、Xの幼いころからの知人らにとっても、本件小説中の『PQ』をXと同定することは容易なことである。したがって、本件小説中の『PQ』とXとの同定可能性が肯定される。」とした上、「『PQ』とXとを同定することができるから、本件小説中の『PQ』に係る記述中に、Xがみだりに公開されることを欲せず、それが公開されるとXに精神的苦痛を与える性質の私生活上の事実が記述されている場合には、本件小説の発表はXのプライバシーを侵害する」とした。
 
本件で、Yらは、「特定の表現がどの範囲の者に対して公表されることを要するかという『表現の公然性』の要件としては、発表が不特定多数を前提にした公のものであることのほか、その不特定多数の読者がそこで知り得た情報を理解し得る予備知識を持ち得ていることが必要であるとした上、Xは一介の無名の留学生であって、不特定多数の読者が本件小説中の『PQ』とXとを同定することはできないから、本件小説がXのプライバシー等を侵害することはあり得ない」と主張した。
 
本判決は、次のとおり判示して、この主張を退けた。
 
「表現の対象となったある事実を知らない者には当該表現から誰を指すのか不明であっても、その事実を知る者が多数おり、その者らにとって、当該表現が誰を指すのかが明らかであれば、それで公然性の要件は充足されている。それに、本件のように小説によるプライバシーの侵害が問題となる場合、小説の読者でなくとも、ある者が小説のモデルとされたこと自体が伝播し、その被害が拡大していくことは見やすい道理である。その場合に、モデルが著名人であれば、モデルを知る者が多数いることから被害が拡大する。これに対し、モデルが著名人でない場合でも、モデルとされたこと自体は多数の者に伝播されていることに変わりはない。そのような伝播によって、モデルと目される人物について、好奇の眼をもって見ようとする者が増えており、モデルの特徴を備えた人物がそのような者の前に現われれば、その人物は好奇の眼にさらされるのである。このように、本件において、本件小説の読者となる者の多くが『PQ』とXとを同定できないから、プライバシーを侵害することはないなどということはできないのである。」
 
「したがって、ある者のプライバシーに係る事実が不特定多数の者が知り得る状態に置かれれば、それで公然性の要件は充たされる。前記のとおり、本件小説は、X《…》によって単行本としてその出版が予定されているというのであるから、『PQ』とXとを同定し得る読者の多寡に関わらず、プライバシーの侵害が肯認される。」
 
上告審判決
 
上告審判決(最判平成14年9月24日判時1802号60頁)は原判決を支持している。識別(同定)については特に触れていないが、それは上告審において特段の争点とならなかったからである。
 
結びに代えて
 
本件ではXという特定個人を識別(同定)し得るか否かという点が大きな争点とされていることからすれば、それを識別(同定)できない場合には、プライバシー権侵害は不成立となると考えられていたと思われる。
 
不特定多数を要件とすべきかについては、さらに留保を要する。甲が乙に丙の病歴を告げたことが原因で、乙が丙との婚約を破棄したような場合に、わずか一人に告げたものに過ぎないとしても、甲に丙に対するプライバシー権侵害が成立すると考える余地もあるからである。とはいえ、誰の情報なのかXという特定個人を識別(本件にいう同定)されるものであることを要するとすることと、どの範囲の者に識別(同定)される必要があるのかという点は、分けて考えることができる問題である。本件では、出版の差止めが問題となっており、また、識別しうる者の範囲が損害賠償額にも影響することを指摘しておきたい。
 
個人情報保護法は、個人情報の不適正な取扱いによって特定個人の権利利益が侵害されることを未然防止することを目的としているが、そこにいう権利利益の主要なものはプライバシー権であると考えられている。したがって、同法の解釈にあたっては、プライバシー権に関する解釈と、できる限り統一が図られる必要があろう。さらに、最近ではパーソナルデータについて、プライバシー権との関連を重視して考える傾向がある。その際にも、かかる判例理論は重要な示唆を与えるものと思われる。
 

| | トラックバック (0)

«EU個人データ保護規則案が可決された