廃墟写真集事件判決-東京地判平成22年12月21日平21(ワ)451号-その2
近時は写真の著作物について重要判例が相次いでおり、 昨日の日記に続き、上記判決について、簡単に評釈しておきたい。
評 釈
1.写真の著作物の保護範囲
まず、写真の著作物について、(1)同一の写真の全部又は一部をデッドコピーした場合に複製権等の侵害となることは争いがない。これに対し、本件のように、(2)同一の被写体を別途写真撮影した場合にも侵害が成立しうるか、換言すると、写真の著作物として保護されるべき範囲に含まれうるか、については争いがある。
これを否定する判例もあるが、本判決は、上記(2)についても写真の著作物の保護範囲に含まれうることを前提にしつつ、侵害の成否を論じている。上記保護範囲に含まれうることの理由として、翻案権侵害の成否に関する江差追分事件最高裁判決の基準(表現上の本質的特徴の直接感得性)を引用している。
この基準による限り、上記(2)も上記保護範囲に含まれうるという結論が論理一貫することになろう。同一の被写体を別途写真撮影したときでも、元の著作物の表現上の本質的特徴を直接感得しうることがありうるのは当然だからである。
2.写真の著作物の表現上の本質的特徴
次に、上記(2)も上記保護範囲に含まれうるとしても、その場合に、如何なる要素をもって、写真の著作物における「表現上の本質的特徴」というべきか、という問題は別である。これは、写真の著作物について、何が表現の要素たりうるかという問題でもある。
この点について、一般的には「撮影上の工夫」という言葉がキーワードとされている(さらに現像上の工夫が副次的に付加されることもある)。これに対し、本判決の事実適示によれば、原告は「被写体及び構図の選択」にある旨主張している。
まず、構図の選択が、撮影上の工夫に含まれうる重要な要素であることは、一般に異論がない。
次に、被写体の選択について、原告は「『廃墟写真』という写真ジャンルにおいては、被写体たる廃墟の選定が重要な意味を持つ。」と主張している。
この主張が具体的に何を意味しているのか必ずしも判然としないが、少なくとも同一被写体であること自体は、「表現上の本質的特徴」の対象たり得ないと考えるべきである。これを認めると、極論すれば、誰かが先に富士山を撮影すれば、後続して誰も富士山を撮影できないという不合理な結果を招くからである。
その一方、特定の被写体について、どのような構図で撮影するかという工夫の意味であれば、構図の選択と実質的に大差がないこととなろう。
本判決は、被写体の選択それ自体については「原告が主張する原告写真1において旧丸山変電所の建物内部を被写体として選択した点はアイデアであって表現それ自体ではな」いなどとして、保護の範囲外である旨判示している。前述のとおり、それ自体は妥当な判断であると思われる。
ちなみに、写真の著作物の保護範囲に関し、上記(1)及び(2)以外にも、みずみずしいスイカ事件判決のように、(3)類似した被写体を自ら作成して撮影した場合が、上記保護範囲に含まれうるかという問題として、被写体の選択や決定が争点となる場合もある。しかし、本件は、自ら作成した被写体の問題ではない点で、上記(3)とは異なっている。被写体の選択や決定は、自ら作成した被写体かどうかを区別して論じるべきことについて、岡村久道『著作権法』85頁を参照されたい。
いずれにせよ、本判決は、原告写真と被告写真を対比して、その共通点と異なる点を検討した上、表現上の本質的特徴の直接感得性が認められないとした。
個々の判断の当否については、裁判所サイトに写真が掲載されていないので、ここで正確に判断することには無理があるから控えたい。しかし、本判決を読む限り、「表現上の本質的特徴」に関する原告の具体的主張を踏まえ、かなり具体的な点にまで言及して、その当否を論じている限度では、おおむね高く評価しうるものであろう。
但し、本判決中には、白黒写真かカラー写真かに触れている部分が少なくないが、それ自体はアイデアの違いにすぎず、それによって、どのような撮影効果という具体的な創作的表現がもたらされたという限度で、意味があるにすぎない。本判決も、この点は前提としていると思われるが、判決理由中に、この点を、もう少し明確化した方が良かったのではないか。
3.関連問題
(a) 本件では問題にならなかったが、上記(1)から(3)まで以外にも、(4)当該写真を絵画にした場合にも、写真の著作物の侵害が成立しうるか、換言すると、それらについても写真の著作物として保護されるべき範囲に含まれうるか、については争いがあり、それに言及した判例も登場している。については、本件とは直接関係しないのでここでは触れないが、重要な問題であるから、さしあたり、岡村久道・前掲書83頁を参照されたい。
(b) 表現上の本質的特徴の直接感得性という基準は、同一性保持権の成否についても問題となり、やはり判例上でも言及されている。この点については前掲書317頁参照。
(c) 表現上の本質的特徴の直接感得性に関する判断は、言語著作物や音楽著作物などでも問題となり、やはり判例上でも言及されている。この点については前掲書455頁以下参照。
判決文-裁判所サイト
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110106124424.pdf
参 考
廃墟写真集事件判決-東京地判平成22年12月21日平21(ワ)451号-その1
http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/2011/02/22122121451-625.html
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