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2011年3月15日 (火)

非常時の広報と報道

福島第一原発の未曾有の危機に対し、現場に泊まり込んで苦労されている関係者の方々のお気持ちを思うと、心が痛む。

最悪の事態を招かぬよう、おそらく我が身を省みることなく奮闘されているに違いない。

心より敬意を表したい。と同時に、それしかできない自分が、情けなくもある。多くの人たちが、同様の気持ちなのではなかろうか。

しかし、現場の方々のご苦労と、東電や内閣の広報体制に対する評価とは別である。

国民に心配を掛けるべきでないという気持ちは分からぬでもないが、「一定の量」とか、「ただちには影響を及ぼさない」とか、抽象的かつ常に留保付きの表現に終始することは、かえって人々の不安を増幅させるだけではないか。

専門用語を駆使した説明も、正確性を期してということだろうが、「煙に巻かれている」と感じる人も多いのではないか。その情報が最も必要な人々のために、もう一段、わかりやすい説明が求められる。

現に、現地の住民の方々の中には、どこまで避難していいのか、広報に対する不信感が広がっているようだ。

こういうときであればこそ、迅速かつ具体的な広報に努めることを、強く希望するものである。

メディアにも反省すべき点は少なくない。

例えば、避難所でインタビューするのも分からないではないが、食糧の配給等、もっと被災者にとって必要な情報を優先すべきではないか。

テレビ特番のテロップで情報を流すのもいいが、いつの時点の情報なのかを付記しておかないと、徒に誤解と不安を招き、そして増幅するおそれがある。多くのテレビ局で、これができていない。これでは単なる垂れ流しである。

すべての情報が今、混乱の中にある。

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