« 情報通信を取り巻く制度的な課題 | トップページ | 消費者庁インターネット消費者取引研究会報告書の公表 »

2011年3月21日 (月)

津波漂着物の処分に関する法律問題

今回の大震災、そして津波で流されてきた漂着物の処分が、復興との関係で問題になっているようだ。

讀賣新聞が、興味深い記事を掲載している。

「撤去できぬ漂着物、復興の壁…法の弾力運用必要」
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110321-OYT1T00102.htm?from=main5

民法上からすれば、漂着物であっても、誰かの所有物であると認められる限り、勝手に他人が処分することはできない。ただ自己の敷地内に漂着した物について、その所有者に対し、妨害排除請求として撤去を求めることができるだけである。それにしても、自力救済は認められていない。これが、平常時における考え方である。

かといって、今回の事態が、平常時に自己の敷地内に他人が不法駐車したような場合とは異なることは当然である。第1に、漂着物の所有者が判明しないことが一般であろう。したがって、誰に対し撤去を求めてよいか分からない。第2に、付けられている名札等で漂着物の所有者が判明したところで、所有者が健在だとは限らない。報道に接した限り、生死不明、所在不明の場合も多いはずである。第3に、所在が判明しても、わざわざ処分するための同意を個別に得に行くことは現実的でない。第4に、数え切れない漂着物を、それぞれ所有者が判明する物かどうかなど、いちいち仕分けする手間を掛けることは、事態が事態だけに非現実的である。

翻って考えると、このような問題が生じたのは津波が原因である。阪神大震災や新潟県中越地震の場合、津波がなかったので、大破した建物、家財道具、自動車は、被災者の敷地上にあることが通常であった。そうすると、今回は津波特有の現象であると言ってよい。特定の敷地上にある物でも、それが元からあった物か、それとも流されてきた物かすら、撤去しようとする行政等にとって、分からない場合が普通なのだろう。それだけに、これまで十分に検討されてこなかった問題ということができよう。

もっとも、漂着物を処分したとしても、ほとんどは損壊や水に浸かっていることによって財産的には無価値物となっているはずである。そうだとすると、ほとんどの場合、無断で処分しても、それによって損害賠償の対象となるべき新たな損害が発生したとは言えないことになろう。つまり、無断で処分したからといって、賠償に応じなければならないような事態は原則として想定困難である。むしろ、撤去に要する費用は本来ならば所有者負担であるが、それを負担せずにすむことで、所有者たる被災者にとってプラスになりうる。むろん、こんなことがプラスになるといっても、慰めにもならないだろうが、今のような状況で、被災者である所有者に対して、自力撤去するようにというのも、酷に過ぎる。

しかし、自動車の場合、登録制度によって所有者が確定しうる一方で、被災した自動車の状況と、処分したという事実の裏付けが残っていた方が、諸手続がスムーズとなる。復興という観点から、措置法を作ることも考えられるが、処分時に車両のナンバーが写った写真を残しておき、あとは諸手続の弾力的運用に委ねることも考えられよう。残念ながら震災や津波は自動車保険の対象とならない。

これに対し、建物に対する地震保険については、敷地内に建物が残っていないか、もしくは、全損状態で残っていることが後日明らかなので問題は少ない。日本損害保険協会は地震保険金の早期支払いに向け、契約者の自己申告に基づく損害調査を導入するとしている。

もっと大きな問題は、ご遺体をご遺族の元にお返しするという問題があるほか、家族写真や、ご先祖の位牌のように、金銭的価値には代え難い物だろう。

いずれにしても、考えれば考えるほど、やりきれない問題である。

|

« 情報通信を取り巻く制度的な課題 | トップページ | 消費者庁インターネット消費者取引研究会報告書の公表 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/151928/51176993

この記事へのトラックバック一覧です: 津波漂着物の処分に関する法律問題:

« 情報通信を取り巻く制度的な課題 | トップページ | 消費者庁インターネット消費者取引研究会報告書の公表 »