最判平成23年4月28日-共同配信記事名誉毀損事件
共同配信記事名誉毀損事件に関する最判平成23年4月28日は、次のとおりである。
1.事案の概要
本件は、東京女子医大病院における心臓手術を受けた女児が死亡したことについて、担当医師(上告人)が人工心肺装置の操作を誤ったことにより患者を死亡させたなどとする共同通信の配信記事を、裏付け取材をすることなく、ほぼそのまま掲載した地方紙3社(被上告人ら)に対し、名誉毀損に該当するとして、上告人が損害賠償請求した事案である。上告人は業務上過失致死罪で起訴されたが、無罪が確定した。
第1審判決は被上告人らの責任を認めたが、控訴審判決は、通信社が真実であると信ずるについて相当の理由があったとして、上告人の請求を棄却したので、本件上告がなされた。
本判決は、上告を棄却した。
2.裁判要旨(裁判所サイト自身による整理)
通信社が配信記事の摘示事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば,配信記事を掲載した新聞社は,少なくとも通信社と報道主体としての一体性があるといえる場合には,特段の事情のない限り,名誉毀損の責任を負わない
3.本判決中の重要部分
民事上の不法行為である名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合には,摘示された事実が真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,同行為には故意又は過失がなく,不法行為は成立しない(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。
新聞社が通信社を利用して国内及び国外の幅広いニュースを読者に提供する報道システムは,新聞社の報道内容を充実させ,ひいては国民の知る権利に奉仕するという重要な社会的意義を有し,現代における報道システムの一態様として,広く社会的に認知されているということができる。そして,上記の通信社を利用した報道システムの下では,通常は,新聞社が通信社から配信された記事の内容について裏付け取材を行うことは予定されておらず,これを行うことは現実には困難である。
それにもかかわらず,記事を作成した通信社が当該記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があるため不法行為責任を負わない場合であっても,当該通信社から当該記事の配信を受け,これをそのまま自己の発行する新聞に掲載した新聞社のみが不法行為責任を負うこととなるとしたならば,上記システムの下における報道が萎縮し,結果的に国民の知る権利が損なわれるおそれのあることを否定することができない。
そうすると,新聞社が,通信社からの配信に基づき,自己の発行する新聞に記事を掲載した場合において,少なくとも,当該通信社と当該新聞社とが,記事の取材,作成,配信及び掲載という一連の過程において,報道主体としての一体性を有すると評価することができるときは,当該新聞社は,当該通信社を取材機関として利用し,取材を代行させたものとして,当該通信社の取材を当該新聞社の取材と同視することが相当であって,当該通信社が当該配信記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があるのであれば,当該新聞社が当該配信記事に摘示された事実の真実性に疑いを抱くべき事実があるにもかかわらずこれを漫然と掲載したなど特段の事情のない限り,当該新聞社が自己の発行する新聞に掲載した記事に摘示された事実を真実と信ずるについても相当の理由があるというべきである。そして,通信社と新聞社とが報道主体としての一体性を有すると評価すべきか否かは,通信社と新聞社との関係,通信社から新聞社への記事配信の仕組み,新聞社による記事の内容の実質的変更の可否等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。以上の理は,新聞社が掲載した記事に,これが通信社からの配信に基づく記事である旨の表示がない場合であっても異なるものではない。
4.寸評
本判決は、「少なくとも,当該通信社と当該新聞社とが,……報道主体としての一体性を有すると評価することができるときは……当該新聞社が自己の発行する新聞に掲載した記事に摘示された事実を真実と信ずるについても相当の理由があるというべきである。」とする。
しかし、それには、「当該新聞社が当該配信記事に摘示された事実の真実性に疑いを抱くべき事実があるにもかかわらずこれを漫然と掲載したなど特段の事情のない限り」という限定が付いている。当該新聞社の追加取材等によって、真実であることを疑うべき事実が判明していたようなケースが、これに該当しよう。たまたま疑いを抱くような事実を知っていたような場合も、同様であろう。
さらに、「報道主体としての一体性を有すると評価することができる」ための基準について、「通信社と新聞社との関係,通信社から新聞社への記事配信の仕組み,新聞社による記事の内容の実質的変更の可否等の事情を総合考慮して判断する」としている。
以上のとおりであるから、本判例には、「少なくとも」「特段の事情のない限り」であるとか、「総合考慮」であるとか、良く言えば、今後に登場するであろう別の事案で「柔軟な対応」ができるように「慎重な留保」が付けられている。
換言すれば、その分だけ、基準として不明確な点が残る。本判決の射程は狭いと評する向きがあるのも、このような点に起因していると言えよう。
5.出典
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81289&hanreiKbn=02
6.追記
下記を執筆
「共同配信記事名誉毀損事件判決-補論」
http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/2011/05/post-9bad.html
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