駒込大観音事件1-第1審判決
1.事案の概要
Xは,Xの亡父T,亡兄R及び兄Jと共同で制作した美術の著作物である本件観音像について,その原作品の所有者である被告Y1が亡T及び亡Rの死後に被告Y2に依頼して仏頭部をすげ替えて,公衆の観覧に供していることが,本件原観音像に係るXの著作者人格権(同一性保持権)及び著作権(展示権)の侵害又はXの名誉若しくは声望を害する方法による著作物の利用行為(著作者人格権のみなし侵害)に当たり,かつ,亡T及び亡Rが存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為に当たる旨主張し,被告Y1に対し,次の各請求をした。
① 著作権法112条1項,115条,113条6項に基づき又はT及びRの遺族として法116条1項,112条1項,115条に基づき,本件観音像の仏頭部を本件原観音像の制作当時の仏頭部に原状回復するまでの間,本件観音像を一般公衆の観覧に供することの差止め
② 法112条2項,115条,113条6項に基づき又はT及びRの遺族として法116条1項,112条2項,115条に基づき,本件観音像の仏頭部を本件原観音像の仏頭部に原状回復すること
次に,Yらに対し,次の各請求をした。
③ Xの著作者人格権侵害又は著作者人格権のみなし侵害の不法行為に基づく損害賠償(被告光源寺に対しては前記原状回復するまでの間の将来分の損害賠償を含む。)
④ 法115条に基づき並びにT及びRの遺族として法116条1項,115条に基づき,X,T及びRの名誉又は声望を回復するための適当な措置として別紙謝罪広告目録1及び2記載の謝罪広告(訂正広告を含む。)
2.本判決の要旨
第1審判決(東京地判平成21年5月28日平19(ワ)23883号)は,Xの遺族としての地位に基づき,被告Y1に対し,本件観音像について,「その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部に原状回復せよ。」と命じる一方,その余の請求及び被告Y2に対する請求をいずれも棄却した。
本判決は,「本件原観音像の体内(躯体の内部)及び足ほぞの『A1』との墨書から,著作権法14条により,原告が本件原観音像の著作者と推定されるということはできない。そして,本件全証拠によっても,原告が本件原観音像の制作に創作的に関与したことを認めるに足りない。したがって,原告が本件原観音像の共同著作者であるものとは認められない。」として,Xの共同著作者性を認めなかった。 次に,亡父T及び兄Jの共同著作者性も認めなかった。
さらに,亡兄Rが,美術の著作物である本件原観音像の著作者であること,亡兄Rが平成11年9月28日に死亡したこと等の事実を認定した上,「本件原観音像の仏頭部のすげ替えは,本件原観音像の重要な部分の改変に当たるものであって,Rの意に反するものと認められるから,本件原観音像を公衆に提供していた被告光源寺による上記仏頭部のすげ替え行為は,Rが存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為(著作権法60条本文)に該当する」とした。
これに対し,Y1は,仏頭部のすげ替え行為が亡兄Rの「意を害しないと認められる場合」に当たる,「やむを得ないと認められる改変」に該当する旨を主張したが,本判決は,これらの主張を認めなかった。
以上のとおり認定した上,亡兄Rには配偶者及び子はいないこと,亡兄Rの父T及び母は,亡兄Rの死亡前に既に死亡していること,Xは,亡兄Rの弟であり,亡兄Rの「『遺族』(著作権法116条1項)に当たるから,同条項により,亡兄Rについて故意又は過失により同法60条に違反する行為をした者に対し,同法115条の請求をすることができる。」とした。
そして,次の理由を述べて,「著作者人格権(同一性保持権)の侵害行為により改変された著作物の原作品を侵害前の原状に回復することは『訂正』に当たり,その必要性及び実現可能性があれば,著作者は,『訂正』するために適当な措置として,当該原状回復を請求することができる」とした。
「著作権法115条は,著作者又は実演家は,故意又は過失によりその著作者人格権又は実演家人格権を侵害した者に対し,損害の賠償に代えて,又は損害の賠償とともに,著作者又は実演家であることを確保し,又は訂正その他著作者若しくは実演家の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができると規定している。同条は,その文言上,著作者が,故意又は過失によりその著作者人格権を侵害した者に対し,『著作者であることを確保』するために適当な措置,『訂正』するために適当な措置又は『その他著作者の名誉若しくは声望を回復』するために適当な措置の3類型の措置を請求することができることを定めたものと解され,『その他著作者の名誉若しくは声望を回復』するために適当な措置とは別類型である『訂正』するために適当な措置を請求するに当たっては,著作者の名誉又は声望が毀損されたことを要件とするものではないと解される。」
本件では,「Y1に対し,訂正するために適当な措置として,本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復することを求めることができる」とする一方,「上記原状回復そのものを請求することができる以上,本件観音像を公衆の観覧に供することの停止請求を認める必要性はなく,原告主張の上記停止請求は,著作権法115条にいう『適当な措置』に当たらない」とした。
最後に,Xの遺族としての謝罪広告請求については,「被告らによる本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為は,Rが存しているとしたならば仏師としてのRの名誉感情を害するものであることは想像に難くはない」としつつ,「本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為によって,Rが社会から受ける客観的な評価の低下を来たし,その社会的名誉又は声望が毀損されたものとまで認めることはでき」ず,「仮にRのその社会的名誉又は声望が毀損されたと認める余地があるとしても,……本件においては,Rの人格的利益の保護のための措置として,被告光源寺に対し,本件観音像について,その仏頭部を同観音像制作当時の仏頭部(本件原観音像の仏頭部)に原状回復することを求めることができる以上,Rの社会的名誉又は声望を回復するために謝罪広告請求を認める必要性はなく,原告主張の謝罪広告請求は,著作権法115条にいう『適当な措置』に当たらない」として,認めなかった。
XとY1の双方が控訴した。次回は,控訴審判決について説明する。
3.参考-判決文
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