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2011年4月10日 (日)

ロクラクⅡ最高裁判決再考

 我が国の支配的な判例法理によれば、侵害主体だけが差止請求の対象者となり、いわゆる間接侵害者は、その対象とならないとされてきた。その一方で、クラブキャッツアイ事件最高裁判決は侵害主体概念を拡張するという方法で対処しようとした。一般に「カラオケ法理」と呼ばれている。その後も同法理は下級審判例によって繰り返し使われてきた。物理的な侵害主体でなくても、図利性と管理支配の両要件を満たした場合には、規範的に侵害主体として捉えることができるというものである。

 同法理は、下級審判例によって、カラオケ領域だけでなくインターネットサービス領域にも、同法理の適用範囲が拡張・転用されてきた。初期の事例としてはファイルローグ事件に関する東京地裁・東京高裁による一連の判例であるが、それにとどまらない。例えばネットストレージ事業者に関するものとして、MYUTA事件判決がある。

 以上の点については、一般的な著作権法の教科書類であれば書いてあることなので、各自、それを読んでいただきたい。ちなみに、拙著『著作権法』でも簡単に整理している。

 ところで、最近では、ロケーションフリーに関しカラオケ法理の適用が問題となった複数の下級審判例が言い渡されているが、結論が分かれていた。本件の原審もそのひとつである。そのため、最高裁による判断が注目されていた。ロクラクⅡ最高裁判決は、まねきTV事件判決と並んで、かかるロケーションフリーに関し最高裁が初の判断を示したものとなった。

 本判決の全文については次を参照。

 http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/2011/01/post-bdcf.html

 本判決は、本件で問題となったサービスの概要は、原審の確定した事実関係によれば、次のとおりであるとしている。

 ロクラクⅡは、2台の機器の一方を親機とし、他方を子機として用いることができる(以下、親機として用いられるロクラクⅡを「親機ロクラク」といい、子機として用いられるロクラクⅡを「子機ロクラク」という。)。親機ロクラクは、地上波アナログ放送のテレビチューナーを内蔵し、受信した放送番組等をデジタルデータ化して録画する機能や録画に係るデータをインターネットを介して送信する機能を有し、子機ロクラクは、インターネットを介して、親機ロクラクにおける録画を指示し、その後親機ロクラクから録画に係るデータの送信を受け、これを再生する機能を有する。

 ロクラクⅡの利用者は、親機ロクラクと子機ロクラクをインターネットを介して1対1で対応させることにより、親機ロクラクにおいて録画された放送番組等を親機ロクラクとは別の場所に設置した子機ロクラクにおいて視聴することができる。

 その具体的な手順は、①利用者が、手元の子機ロクラクを操作して特定の放送番組等について録画の指示をする、②その指示がインターネットを介して対応関係を有する親機ロクラクに伝えられる、③親機ロクラクには、テレビアンテナで受信された地上波アナログ放送が入力されており、上記録画の指示があると、指示に係る上記放送番組等が、親機ロクラクにより自動的にデジタルデータ化されて録画され、このデータがインターネットを介して子機ロクラクに送信される、④利用者が、子機ロクラクを操作して上記データを再生し、当該放送番組等を視聴するというものである。

 そこで、本件では、本件のようなロケーションフリーのサービス提供者が複製行為の主体となりうるかという点が争点となった。

 本判決は、サービス提供者が複製行為の主体であることを肯定した。

 まず、本判決は、「複製の主体の判断」につき、「複製の対象、方法、複製への関与の内容、程度等の諸要素を考慮して、誰が当該著作物の複製をしているといえるかを判断」すべきであるとする一般論を述べた。

 そして、本件のサービス提供者について、「複製の実現における枢要な行為」をしているという点を理由に、複製行為の主体であることを認めた。

 問題は何をもって「複製の実現における枢要な行為」に該当するのかという点である。本判決は、これを「サービス提供者は、単に複製を容易にするための環境等を整備しているにとどまらず、その管理、支配下において、放送を受信して複製機器に対して放送番組等に係る情報を入力するという」ことであるとしている。

 これが具体的に何を意味するのか、必ずしも明らかではない。おそらく、「サービス提供者が設けた本件サービスがなければ、放送番組の複製なんてできないではないか。」という意味であろう。

 現に本判例は、「複製時におけるサービス提供者の上記各行為がなければ、当該サービスの利用者が録画の指示をしても、放送番組等の複製をすることはおよそ不可能なのであり、サービス提供者を複製の主体というに十分である」としているからである。

 ちなみに、本判決には、「管理、支配下」等の語が並んでいるので、本判決が「カラオケ法理」の延長線上にあるものであることは、誰にでも理解できるはずである(但し多数意見における「図利性」の位置付けは後述)。

 ところで、本判決の前記判示を、フォトコピー機を設置したコピー店で利用者が文献(他人の著作物)をコピーする場合と比較してみよう。

 この場合、複製時におけるサービス提供者のサービス提供行為がなければ、少なくともその店で利用者がコピーをすることはおよそ不可能である。

 しかし、それだけで当該コピー店を「複製の主体というに十分である」と言えるのであろうか。

 この場合におけるコピー機は、30条1項1号の「自動複製機器」に該当するから、利用者にとって「私的使用のための複製」とはならず、本来なら利用者の行為は複製権侵害となるはずである。しかし、同号は附則5条の2によってコピー店で自らコピーした利用者自身には当分の間適用されない。したがって、現状では利用者の行為は複製権侵害とならない。先に「本来なら」と言ったのは、このような意味からである。

 これを前提に、まず、サービス提供者たる当該コピー店が「複製の主体」であることを肯定した場合は、どうなるか。

 当該コピー店が「複製の主体」たりうるとすると、当該コピー店には私的使用の目的はないから、30条は適用されず、まさに複製権侵害が成立する。したがって、権利者は、当該コピー店に対し、差止請求、損害賠償請求をすることができるはずである。

 しかし、附則5条の2の趣旨は、コピー店において利用者がコピーするようなケースについて、明文にはないが、コピー店を含めて、当分の間は不問に付すというものではなかったのか。つまり、コピー点のケースでは、あくまでも複製主体は利用者のみであって、店側は複製主体ではないという整理であったのではないか。もしそうだとすると、附則5条の2に示された立法者意思と本判決との間に径庭はないのか。

 かかる径庭を解消するための考え方として、本件のようなロケーションフリーのサービス提供者が複製の主体となりうるが、前述したコピー店の場合には複製の主体とならないという立場も考えられる。

 例えば、本判決が言う「サービス提供者の上記各行為がなければ……複製をすることはおよそ不可能」という言葉に着目すると、「他業者の類似サービスがあれば、本件サービスを使わなくても複製をすることは可能」となるので、本件のサービス提供者は複製主体たりえないという趣旨と考える余地もあるが、それでは不合理である。一人でも他業者がいるかどうかで、複製の主体となったりならなかったりというのも非論理的だからである。

 次に、「サービス提供者の上記各行為」という点ではどうか。親機ロクラクを設置していること、親機ロクラクにテレビアンテナやインターネット回線を接続していること、親機ロクラクに電源を入れていることが考えられる。

 もし、これらの点が、複製主体としたことの「決め手」になったのであれば、他人の著作物を無断掲載したメルマガを、利用者が大量配信した場合におけるメルマガ配信サービス事業者、他人の著作物を無断掲載したブログ記事を、利用者が公開した場合におけるブログサービス事業者、他人の著作物を無断掲載した「つぶやき」を利用者が行った場合におけるツイッター社など、これと同様に「諸要素を考慮して、誰が当該著作物の複製をしているといえるかを判断」できることになろのであろうか。「諸要素」として「複製の対象、方法、複製への関与の内容、程度等」が、本件とどのように関係しているのか、少なくとも判旨からは具体的な関係が見えてこない。

 結局、「諸要素を考慮して、誰が当該著作物の複製をしているといえるかを判断」するというものと変わりがなく、これでは基準として意味がない。換言すると、裁判所として、複製に該当すると判断するから、そう判断したという以上の意味が判読できない。本判決には補足意見も付けられているが、長文の割には、単に法解釈に関する一般論を説いているか、当該裁判官の価値観を表明しているにとどまり、本件について具体的に踏み込んだ理論的検討に乏しい。

 しかし、本件のように情報の流通にかかわるケースにおいては、委縮効果が生じないよう、明確性を保つべきことは不可欠の要請である。本判決は、かかる要請を満たしているといえるのか。カラオケ法理ですら、基準として不明確なので問題が多かったが、ロクラク法理は、突き詰めれば「諸要素を考慮」するだけのものであるから、法理とすら呼ぶことが困難である。「ロクラク法理」では、図利性の要件すら、考慮すべき要件のひとつにすぎず、決め手にはならないのである。

 裁判所、まして最高裁が示す法的判断は、最重要の先例として、その後におけるすべての関係者の行為規範となる。本件のように、規範として極めて漠然としており抽象的にすぎるような場合には、その後における実務の混乱を招くことが懸念される。それは、本件において、侵害の成立を認めるべきであるとする立場と、認めるべきでないとする立場の、どちらに立つかによって変わるべき問題でもない。間接侵害に関する立法を行うことによって、基準を早急に具体化して明確化する必要があろう。

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