« 2011年4月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年5月

2011年5月25日 (水)

危機管理と説明責任

上記テーマについて、このところツイートしたものを、簡単にまとめてみ。

安全は客観面の問題で、安心は主観面の問題。当然のことながら両者は異なる。

安全なのに安心できなければ神経過敏。

逆に安全でないのに安心しているのは、現実を知らないということ。情報の透明化が図られることによって、安心と安全とを直結したい。それが今、大きく揺らいでいるようだ。

その一方、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉がある。

これに含意されているように、情報が不明確なときに、人は実際よりも何倍も不安になる。

過度に不安になれば、今度は不満となる。それが続けば不満は増大する。これが現在、ネットで増幅される構造になっている。

不満は増大すれば、いつか爆発することもある。それだけは避けなければならない。これが原因で、マーケットから退場を余儀なくされた企業なども少なくないからだ。

以上に述べた意味を理解していなければ、本当の危機管理はできないはずだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月20日 (金)

最近の電子出版関係のニュース

このところ、電子出版関係のニュースが急に増えてきた。

米アマゾンの電子書籍販売数が、紙の本を5%上回ったという。朝日新聞デジタルは、創刊3日目で1万件を突破したと発表している。ただし、いまは無料お試し期間だから、その後が正念場となるだろう。

その一方で、大阪ステーションシティに開業した「ブック&カフェ」では、三省堂書店とスタバが連携。コーヒーを飲みながら、購入前の書籍を3冊まで持ち込むことができ、専用の返却台も用意しているとのこと。本日の昼、京都へ行くために、この辺りを通ったのだが、知らなかった。

それはともかく、こうした仕掛けでもしなければ、最近では紙の本を、簡単には買ってもらえないという厳しい現実がある。これはもちろん電子出版の増加が主たる原因ではない。消費者が携帯電話などに時間を取られ、紙の書籍を読む時間や必要性が減少しているのだ。電車内で週刊誌を読むよりも、携帯を眺めている人の方が、すでに普通の風景になってしまっている。

電子出版業界内でも試行錯誤が続いている。2011年5月より、オライリー・ジャパンで販売するEbookをDRM Free化するという。この出版社は、もともとオープンソース系に近いから、著者を説得しやすいのかもしれない。売上は伸びるだろうが、一般の出版社なら、著者が尻込みしてしまうかもしれない。このパズル解読は難問だ。

こうしたなか、総務省が「電子出版環境整備事業に関する成果報告」を公表した。

電子書籍交換フォーマット標準化プロジェクト、EPUB日本語拡張仕様策定、次世代書誌情報の共通化に向けた環境整備等10件の事業成果が含まれる。

すべて現在の課題解決にとって重要な意味を持っている。

特に、交換フォーマット標準化が重要だ。電子書籍だけでなく、クラウドのデータ移行にしても同様の課題がある。それは、特定のプラットホームだけが過度に支配的にならないために、不可欠であることを忘れてはならない。

実際にプラットホームを握っているのは米国企業であり、米国企業同士の競争にすぎない。それを突破できるかどうか、我が国にとって大きな鍵となるはずだ。

成果報告
http://www.soumu.go.jp/main_content/000114943.pdf

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月16日 (月)

講演会「最近の著作権判決について」(セミナー案内)

日本ライセンス協会、約20年ほど、ここの会員です。

来る2011年6月6日(月)、日本ライセンス協会関西月例研究会において、上記テーマで下記のとおり講演します(案内をそのまま転載)。

     記

日本ライセンス協会第351回関西月例研究会を下記の通り開催いたしますのでご案内申し上げます。

今回は弁護士法人英知法律事務所 弁護士・国立情報学研究所客員教授・博士(情報学)
岡村 久道氏をお招きし、「最近の著作権判決について」―まねきTV・ロクラクⅡ・
私的録画補償金訴訟等を中心にして―についてご講演いただきます。

日程を調整の上、是非ご参加いただきますようお願い申し上げます。

月 日:2011年6月6日(月)
時 間:14:00~16:45(研究会) 16:45~17:45(懇談会)
場 所:大阪科学技術センター 6階 605号室
    http://www.ostec-room.com/html/access/access.html
講 師:岡村 久道氏
   (弁護士法人英知法律事務所 弁護士・国立情報学研究所客員教授・博士(情報学))
テーマ:「最近の著作権判決について」
    ―まねきTV・ロクラクⅡ・私的録画補償金訴訟等を中心にして―

非会員も参加可能です。

※お申し込みと詳細につきましては

http://www.lesj.org/contents/japanese/02_1getsu.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月13日 (金)

廃墟写真集事件控訴審判決-知財高判平成23年3月24日平23年(ネ)10010号

原判決-東京地判平成22年12月21日平21(ワ)451号
http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/2011/02/22122121451-625.html
http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/2011/02/22122121451-3e0.html

=====================

  (省 略)

第4 当裁判所の判断
 当裁判所も,控訴人の本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

1 翻案権侵害を中心とする著作権侵害の有無について
 (1) 著作物について翻案といえるためには,当該著作物が,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えたものであることがまず要求され(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁(江差追分事件)),この理は本件における写真の著作物についても基本的に当てはまる。本件の原告写真1~5は,被写体が既存の廃墟建造物であって,撮影者が意図的に被写体を配置したり,撮影対象物を自ら付加したものでないから,撮影対象自体をもって表現上の本質的な特徴があるとすることはできず,撮影時季,撮影角度,色合い,画角などの表現手法に,表現上の本質的な特徴があると予想される。

 (2) 被告写真1が原告写真1の翻案に当たるか否かについてみるに,原告写真1は,群馬県松井田町に所在する国鉄旧丸山変電所の内部を撮影したものであるが,原告書籍1「棄景」が全体の基調としているように,モノクロ撮影を強調しハイコントラストにしたものである。控訴人がこれを翻案したと主張する被告写真1は,被告書籍1「廃墟遊戯」及び被告書籍4「廃墟遊戯-Handy Edition」に収録されているが,これら被告書籍が基調としているように,枯れ葉色をベースにしたカラー写真である。原告写真1と同じく,旧国鉄丸山変電所の内部が撮影対象である。
 しかし両者の撮影方向は左方向からか(原告写真1),右方向からか(被告写真1)で異なり,撮影時期が異なることから,写し込まれている対象も植物があったりなかったりで相違しているし,そもそも,撮影対象自体に本質的特徴があるということはできないことにかんがみると,被告写真1をもって原告写真1の翻案であると認めることはできない。
 (3) 被告写真2と原告写真2の関係をみるに,両者とも,栃木県足尾町に所在する足尾銅山付近の通洞発電所跡(建物外観)を撮影したものであり,建物右下方向からの撮影であって構図の点では近似している。しかし,撮影対象が現に存在する建物跡であることからすると,たとえ構図において似ていても,写真において表現されている全体としての印象が異なっていれば,一方が他方の翻案に該当するものと認めることはできない。撮影時季が違うことは,特に原告写真2でセピア色の中で白色に特徴付けられて写真左下に写っているすすきが,建物の色感覚をそのまま撮影したであろうと印象付けられる被告写真2にはなく,その位置に緑色の植物が写っていることから明らかである。これらの印象の違いと撮影物の違いにかんがみると,被告写真2が原告写真2の翻案に当たるということはできない。

 (4) 原告写真3と被告写真3は静岡県修善寺町所在の大仁金山付近の建物外観を撮影したものであり,原告写真4と被告写真4は東京都奥多摩町に所在する奥多摩ロープウェイの機械室内部を撮影したものであるが,いずれも現に存在する建築物の外観あるいは内部を撮影したものであって,撮影方向が違う以上,これら被告写真が原告写真の翻案に当たるということはできない。原告写真3と原告写真4は,モノクロないしセピア色を基調とした写真であり,特に原告写真4はコントラストの強さを持ったものであって,ほぼありのままを伝えようとする印象を持つ被告写真3,4にはない強いインパクトを与えるものとなっている。
 原告写真5と被告写真5は,ともに秋田県大館市に所在する奥羽本線旧線跡の橋梁跡を撮影したものであるが,同様に現存する建築物を撮影したものであり構図も違うから,この点において既に被告写真5が原告写真5を翻案したものということはできない。

 (5) 以上のとおり,翻案権侵害をいう控訴人の主張はいずれも理由がなく,そうである以上,被告写真1~5が掲載された被告各書籍の発行等について控訴人が主張する複製権,譲渡権,氏名表示権の侵害の主張も理由がない。

2 名誉毀損の成否について
 この点の当裁判所の判断は,原判決58頁16行目以下の「2 名誉毀損の不法行為の成否(争点4)について」において原判決が認定判断しているとおりである。

3 法的保護に値する利益侵害について
 控訴人が原告各写真について主張する法的保護に値する利益として,まず廃墟を作品写真として取り上げた先駆者として,世間に認知されることによって派生する営業上の諸利益が挙げられている。しかし,原告各写真が,芸術作品の部類に属するものであることは明らかであるものの,その性質を超えて営業上の利益の対象となるような,例えば大量生産のために供される工業デザイン(インダスリアルデザイン)としての写真であると認めることはできない。廃墟写真を作品として取り上げることは写真家としての構想であり,控訴人がその先駆者であるか否かは別としても,廃墟が既存の建築物である以上,撮影することが自由な廃墟を撮影する写真に対する法的保護は,著作権及び著作者人格権を超えて認めることは原則としてできないというべきである。そして,原判決60頁2行目以下の「3 法的保護に値する利益の侵害の不法行為の成否(争点5)について」に記載のとおり,「廃墟」の被写体としての性質,控訴人が主張する利益の内容,これを保護した場合の不都合等,本件事案に表れた諸事情を勘案することにより,本件においては,控訴人主張の不法行為は成立しないと判断されるものである。控訴人が当審において主張するところによっても,上記判断は動かない。

第5 結論
よって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

=====================

判決全文
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110512102535.pdf

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月10日 (火)

東京地判平成23年4月27日-実用新案登録出願の手続補正書の著作物性

平成23年4月27日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成22年(ワ)第35800号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成23年3月23日
判 決
福岡県三潴郡<以下略>
原 告 X
新潟県三条市<以下略>
被 告 ア ー ネ ス ト 株 式 会 社
同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 永 野 周 志
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由

第1 請求
被告は,原告に対し,300万円を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は,原告が,被告の商品台紙(乙1の1,2。以下「本件台紙」という。)の裏面に掲載した取扱説明文及び写真(別紙1被告説明目録記載1。以下「被告説明1」という。)並びに同商品のリーフレット(乙2の1,2。以下「本件リーフレット」といい,本件台紙と併せて「本件台紙等」という。)に掲載した取扱説明文及び写真(別紙1被告説明目録記載25。以下「被告説明25」という。)は,いずれも原告の著作物である「手続補正書」(甲6の2。原告が実用新案登録出願の願書に添付した明細書及び図面を補正するため特許庁に提出した同庁昭和57年1月7日受付の手続補正書。以下「本件手続補正書」といい,このうち明細書部分を「本件明細書」,図面部分を「本件図面」といい,その写しを別紙2として添付する。)を複製又は翻案したものであり,被告の上記各掲載行為は,原告の有する本件手続補正書の著作権(複製権,翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権,公表権,同一性保持権)を侵害すると主張して,被告に対し,著作権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき逸失利益200万円及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料100万円,合計300万円の損害賠償の支払を求める事案である。

2 前提事実(証拠等を掲記したもののほかは当事者間に争いがない。)

<以下略>

3 争点
(1) 本件手続補正書の著作物性
ア 編集著作物としての著作物性
イ 言語の著作物としての創作性
ウ 著作権法75条3項の推定
(2) 著作権(複製権,翻案権)侵害の成否
(3) 著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)侵害の成否
(4) 損害及びその額

4 争点に関する当事者の主張

<以下略>

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(本件手続補正書の著作物性)について
(1) 編集著作物としての著作物性
原告は,本件手続補正書は,「ごはん」,「おにぎり」,「ふりかけ」,「具」,「型当て板」の各素材を編集した編集著作物であり,その選択及び配列に創作性が認められると主張する。
しかしながら,編集著作物とは,編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するもの(著作権法12条1項)をいうところ,本件手続補正書は,本件願書に添付した明細書及び図面を補正するために作成されたものであって,「ごはん」,「おにぎり」,「ふりかけ」,「具」,「型当て板」の各用語も,本件明細書の本文中において,使用する器具又は具材を示すものとして通常の意味,方法で用いられているにすぎず,それ以上に,何らかの編集方針に基づいて,上記各用語が編集の対象である素材として選択され又は配列されているとは認められない。したがって,本件手続補正書は編集著作物とは認められない。
原告は,「ごはん」に「型当て板」を当て,「ふりかけ」をかけて「ごはん」に模様を入れる料理法は,本件出願当時,どの料理雑誌にも載っていない初めての料理法であり,当然同料理法の説明書もなかったものであるから,その素材である「ごはん」,「ふりかけ」,「具」,「型当て板」の取捨選択にも個性が表れているし,この料理を作る順序による素材の配列にも個性,独自性が現れているとして,新しい料理法(思想)の説明書(表現)は個性,独自性のある表現であると主張する。
しかし,著作権法上の保護を受ける著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,アイデアや着想がそれ自体として著作権法の保護の対象となるものではなく,この理は編集著作物においても同様である。これを本件についてみると,上記料理法は,御飯に模様を入れる料理法というアイデアそのものであるから,それ自体は著作権法によって保護されるべき対象とはならない。したがって,原告の上記主張は失当というほかない。
以上によれば,本件手続補正書に編集著作物としての著作物性を認めることはできない。

(2) 言語の著作物としての創作性
ア A部分につき
A部分は,本件明細書の「3 考案の詳細な説明」の「例I おにぎり(5’)の上に型当て板(1)を当て上からふりかけ,ごま,桜でんぶ,青のり等粒状の具(6)をくりぬき部(2)にうめ込んで型当て板(1)をとりのぞけばおにぎり(5’)に花や動物等の絵や模様や字がえがき出されて美しいおにぎりとなっている。」とある部分である。
原告は,A部分は,原告が独自に考え思い付いたものを説明したものであって,言語による表現で何らかの個性,独自性があり,他人の真似,模倣でないものが言語で表現されている創作的部分である旨主張する。
しかし,A部分は,実施例についての記述であり,実施例に表れた技術的思想や実施例に示された実施方法それ自体は,アイデアであって表現ではないから,それ自体は著作権法によって保護されるべき対象とならないことは上記(1)に説示したところと同様である。
そして,A部分の具体的表現も,1おにぎりの上に型当て板を当て,2上から,ふりかけ,ごま,桜でんぶ,青のり等の粒状の具をくり抜き部に埋め込んで,3型当て板を取り除くと,4おにぎりに花や動物等の絵,模様や,字が描き出されて,5美しいおにぎりができあがるということを,一般に使用されるありふれた用語で表現したものにすぎず,表現上の創作性を認めることはできない。
したがって,A部分に言語の著作物としての創作性を認めることはできない。
イ B部分につき
B部分は,本件明細書の「4.図面の簡単な説明」の「1:型当て板」,「5:ごはん」,「6:具」とある部分である。
原告は,B部分における用語の選択は,原告の考えによるもので,個性,独自性がある旨主張する。
しかし,B部分は,明細書中の図面の簡単な説明の部分であって,願書に添付した図面に図示された符号の説明を記載したものにすぎず,その具体的表現にも創作性を認めることはできない。
したがって,B部分に言語の著作物としての創作性を認めることはできない。
ウ C部分につき
C部分は,本件図面のうち第5図第7図の部分である。
原告は,C部分について,第5図のごはんの上に型当て板を載せた用語の配列,第6図及び第7図のおにぎりの上にふりかけの具による模様入りの配列図に原告の考えによる個性,独自性があり,創作的部分である旨主張する。
しかし,C部分のうち図自体は,言語若しくはそれに類する表現手段による表現がなされているものではないから,そもそも言語の著作物には当たらない。
また,C部分の図について美術又は図形としての著作物性をみても,第5図は「模様を入れている側面透視図」,第6図は「模様入りおにぎりの正面図」,第7図は「模様入りおにぎりの側面図」であって,いずれもおにぎりの上に型当て板が載っている様子又はおにぎりの上に具が載っている様子を正面ないし側面から極めてありふれた手法で図示したにすぎず,何ら個性のある表現とはいえないから,創作性を認めることはできない。
C部分のうち,日本語で「第5図」,「第6図」及び「第7図」と記載されている部分は,単に図の番号を記載したものにすぎず,創作性を認めることはできない。
エ 以上によれば,本件手続補正書のうち原告が言語の著作物として創作性を主張するA部分C部分は,いずれも創作性を認めることはできず,著作物であると認めることはできない。
(3) 著作権法75条3項の推定
原告は,本件手続補正書は,本件願書と実質的に同一の著作物であるところ,本件願書は著作物として登録がされているから,著作権法75条3項により著作物と推定されると主張する。
しかし,本件願書について登録がされているのは,著作権法76条の登録(第一発行年月日等の登録)であって,同法75条の登録(実名の登録)ではない。
また,著作権法75条3項で推定されるのは当該登録に係る著作物の著作者であること,同法76条2項で推定されるのは当該登録に係る年月日において最初の発行又は最初の公表があったことであって,登録に係る対象が著作物性を有することが推定されるのではない。
原告は,著作物として認められないのであれば却下理由になるはずであると主張するが,著作権に関する登録は,いわゆる形式審査により行われ,法令の規定に従った方式により申請されているかなど却下事由に該当しないかどうかを審査するものである(同法施行令23条参照)から,著作権に関する登録により著作物性を有することについて事実上の推定が及ぶと解することもできない。
したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。そして,本件手続補正書に編集著作物としての著作物性を認めることはできず,また,原告が言語の著作物として創作性を主張するA部分C部分についても著作物性を認めることができないことは,前示のとおりである。

2 結論
以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡 本 岳
裁判官
鈴 木 和 典
裁判官
寺 田 利 彦

出典

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110509160553.pdf

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 5日 (木)

風評被害と損害賠償

1.原発事故と風評被害

 最近では、福島第一原発事故による風評被害が話題になっている。

 風評被害とは、「デジタル大辞泉」によれば「根拠のない噂のために受ける被害」のことをいう。

 今回の場合には、原発事故による放射能汚染を受けたおそれがあるとして、売上が落ち込んだことが問題視されている。春の大型連休であるにもかかわらず、隣接区域では、ホテル、旅館のキャンセルも相次いでいると報道されている。

 対象となった被災地の農畜産物その他の生産品は、政府の出荷停止指示を受けたものはもとより、こうした指示を受けることなく、出荷が認められているものまでもが敬遠されるなどしている。

 こうした中で、茨城、栃木のJAでは、2011年4月28日、東京電力本店を訪問し、原発事故による農畜産物の風評被害の損害賠償を求めて請求書を提出した。

 そのため、以下、風評被害と損害賠償について説明してみたい。

2.貝割れ大根事件

 風評被害による損害賠償請求訴訟として有名なのが、貝割れ大根事件である。この連休中にも、ユッケ食中毒事件が発生して、たいへんな騒ぎになっているが、この事件が発生したときも、そうだった。

 本件は、大阪府堺市で発生した病原性大腸菌O-157 による集団食中毒に関し、貝割れ大根が原因食材と断定するに至らないにもかかわらず、厚生大臣(当時)が、貝割れ大根が原因食材とは断定できないが、その可能性も否定できない(中間報告)、原因食材としては特定施設から特定の日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高い(最終報告)という調査報告などを公表したことによって、貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせたという事案である。

3.生産・販売者が提起した国家賠償訴訟

 本件では、原因食材として特定施設が名指しされた。そこで、この特定施設を営む生産・販売者が国家賠償訴訟を提起した。

 大阪高裁平成16年2月19日判決は、中間報告には公表すべき緊急性、必要性が認められず、最終報告についても誤解を招きかねない不十分な内容であるとして、国の損害賠償責任が認めた。

4.他の生産者や業者団体が提起した国家賠償訴訟

 風評被害を受けた他の生産者や業者団体も国家賠償訴訟を提起した。

 東京高裁平成15年5月21日判決は、中間報告のあいまいな内容をそのまま公表したため、貝割れ大根が原因食材と疑われているとの誤解を広く生じさせたことにより、貝割れ大根のO-157による汚染という食品にとって致命的な市場における評価の毀損を招いたとして、やはり国の損害賠償責任を認めた。

5.おわりに

 以上の判例によれば、原因食材として名指しされた生産・販売者それ自体だけでなく、風評被害を受けた他の生産者や業者団体も、一般論としては賠償を請求しうることになる。

 とはいえ、貝割れ大根事件は、貝割れ大根が原因食材である可能性が、厚生大臣(当時)によって喧伝されたことが責任原因として認められたケースである。

 これに対し、今回のケースは、国による不正確な情報提供というよりも、東電が原発事故を起こし、あるいは原発事故の後始末に落ち度があったことから、放射能が流れたことが原因となっている。

 それによって政府の出荷停止指示を受けたものだけでなく、受けていないものについても、敬遠されたことになるから、風評被害といっても、やや局面が異なっている。むしろ、今回は、事故と損害の相当因果関係が、どこまで認められるかという問題であろう。

 今回のケースでは、原子力損害賠償法が定める「異常に巨大な天災地変」による場合の事業者免責規定が適用されるか、そもそも人災なのではないかなど、他にも検討すべき課題は多いが、それはまたの機会にしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 2日 (月)

共同配信記事名誉毀損事件最高裁判決-「配信サービスの抗弁」との関係

1.はじめに

 さて、これまで2回にわたって共同配信記事名誉毀損事件最高裁判決を取り上げてきたが、この事案のような問題については「配信サービスの抗弁」が認められるべきか、従来から議論があったところである。

 本件で地方紙側は第1審で「配信サービスの抗弁」を主張したが、第1審判決は、これを認めなかった。控訴審判決でも地方紙側は当初は同様の主張をしたが、途中で撤回した模様である。

2.最二小判平成14年3月8日

 ところで、本件よりも前に「配信サービスの抗弁」が争われた事件として、最二小判平成14年3月8日裁時1311号1頁がある(他に最三小判平成14年1月29日民集56巻1号185頁がある)。

 その多数意見は、「掲載記事が一般的には定評があるとされる通信社から配信された記事に基づくものであるという理由によっては、記事を掲載した新聞社において配信された記事に摘示された事実を真実と信ずるについての相当の理由があると認めることはできないというべきである(最高裁平成七年(オ)第一四二一号同一四年一月二九日第三小法廷判決・裁判所時報一三〇八号九頁参照)。 」として、地方紙側の主張を一蹴した。

 この第二小法廷判決には、裁判官河合伸一、同北川弘治の各意見、裁判官福田博、同亀山継夫の意見と、同梶谷玄の反対意見が付けられている。

3.第二小法廷判決における裁判官福田博、同亀山継夫の意見

 裁判官福田博、同亀山継夫の意見は、「掲載記事が通信社から配信された記事に基づくものであることを理由とする抗弁の存在が肯定されるためには、先決問題として、配信記事を掲載した報道機関の行為が外形的にも実質的にも正当な行為として認められるものでなければならない。一方では紙面が煩雑になるなどとの理由を述べて定款や契約によって義務付けられたクレジット表示をしないでおきながら、他方では、国民の知る権利を標榜し、記事が通信社から配信を受けたものであることを理由とする抗弁を主張するというのは、いかにもフェアでなく、そのような記事掲載は、到底名誉毀損行為の違法性を阻却するに足りる正当な行為とはいえない。要するに、当該報道機関は、クレジットのない、自社の独自取材記事と誤解され兼ねない記事を掲載することによって、営業上の便益を享受しつつ、自社の従来の実績に基づく読者の信頼を通じて名誉毀損の損害を拡大したともいえるのであって、このような立場にある者が、報道の自由の名の下に配信記事であることを理由とする免責を主張することは、被害者との関係において著しく公正を欠くものであるのみならず、国民一般の報道に対する信頼感をも傷付け兼ねない。」というものであった。

 つまり、この事案のようなクレジット表示のないケースで、「配信サービスの抗弁」を主張すること自体が、認められないというものである。

4.第二小法廷判決における裁判官北川弘治、同河合伸一の意見

 これに対し、裁判官北川弘治の意見(裁判官河合伸一も同調)は、「報道機関としては別個の独立した主体であっても、当該配信記事の取材、作成、配信、掲載という一連の過程においては、共同通信社と加盟社とは、実質的に報道主体としての同一性があ」り、「共同通信社に配信記事について相当の理由があり、名誉毀損行為について共同通信社の過失が否定される場合には、その配信記事を掲載した加盟社も、共同通信社の相当の理由を援用することにより、損害賠償責任を免れることができる」とした。

 その理由として、「このように解さないと、一方において、共同通信社には相当の理由があるため不法行為が成立しないとされるのに対し、他方において、自らは何らの裏付け取材をしていない加盟社は、記事の真実性を立証しない限り、損害賠償責任を免れないこととなり、均衡を失する」ことを掲げる。

 「実質的に報道主体としての同一性」がある場合に限る理由として、「このように考える根拠の一つは、自らすべての世界的、全国的ニュースを取材する能力を持たず、通信社からの配信記事に依存せざるを得ない報道機関の実情に対する配慮にあるから、このような主張をすることができる場合には、おのずから限界がある」ことを掲げる。

 さらに、前記実質的同一性があるというためには、「通信社と当該新聞社相互の関係、通信社から当該新聞社への記事配信の仕組み、記事の内容の実質的変更の可否等、配信記事に関する両者の内部関係が、実質的にみて、報道主体としての同一性があるということができる程度に密接なものであることが肯定される必要がある。」とともに、「その掲載記事が通信社から配信を受けた記事に基づくものであることが一般読者に認識できることが必要である」とした上、「掲載記事中に当該記事の配信元の表示(クレジット)が付されている場合には、記事自体から通信社と加盟社とが報道主体として実質的に同一性を有することの架橋がされているものとみることができる。しかし、クレジットが付されていない場合であっても、記事の内容自体や記事を掲載した加盟社の規模等から、掲載記事が通信社からの配信記事に基づくものであると推認できる可能性があるときは、両者が実質的に同一性を有することを肯定して差し支えない」とする。

5.第二小法廷判決における裁判官梶谷玄の反対意見

 さらに、裁判官梶谷玄の反対意見は、配信サービスの抗弁を認める。

 まず、この反対意見は、多数意見が採用する消極説に向けられる。すなわち、「消極説は、加盟社等は配信記事を掲載するかどうかを自由に判断することができ、自己の責任と危険負担において、その裏付け取材を省略して通信社からの配信記事を掲載することによって紙面を作成するシステムを利用して利益を上げているだけのことであるから、その記事が他人の名誉を毀損することによる損害賠償義務のリスクを負うのは当然であるというが、このような考えは、地方紙の報道の中で配信記事が現実に占めている大きな割合、報道の自由と国民の知る権利への貢献において通信社の配信システムが果たしている積極的な役割と効用を無視するものというべきである。」等とする。

 次に、この反対意見は、北川・河合裁判官の意見に対しても、「このような場合にしか加盟社等を免責しないという点で不徹底である」とした上、「通信社と加盟社は飽くまでも独立した別個の報道機関とみるべきであり、加盟社が他社の故意又は過失という責任要素を援用できるとすることには、賛同することができ」ず、「通信社に相当の理由が認められる場合に、通信社には賠償義務がないが、配信記事を掲載した加盟社等は賠償義務があるという結果は、極めて問題であるのであり、これまでの判例の枠組みによっては、この結論が避けられないのであれば、配信サービスの抗弁という新たな違法性阻却事由を認めることにより対処すべきである」とする。

6.共同配信記事名誉毀損事件最高裁判決との関係

 以上から理解しうるとおり、今回、最高裁第一小法廷が出した共同配信記事名誉毀損事件判決は、この第二小法廷判決における多数意見、反対意見のどちらでもなく、むしろ北川・河合裁判官の意見の影響を、色濃く受けているものということができる。

 共同配信記事名誉毀損事件判決は、実質的同一性という言葉に代えて、一体性という言葉を使用しているが、その判断基準については、「通信社と新聞社との関係,通信社から新聞社への記事配信の仕組み,新聞社による記事の内容の実質的変更の可否等の事情を総合考慮して判断する」としており、この点も、北川・河合裁判官の意見と、ほぼ同様である。 

 但し、共同配信記事名誉毀損事件最高裁判決は、「新聞社が掲載した記事に,これが通信社からの配信に基づく記事である旨の表示がない場合であっても異なるものではない。」としている点で、「クレジットが付されていない場合であっても、記事の内容自体や記事を掲載した加盟社の規模等から、掲載記事が通信社からの配信記事に基づくものであると推認できる可能性があるとき」に限って免責を認める前記北川・河合裁判官の意見と、異なっている。

 つまり、クレジットがない場合についても、全面的にクレジットがある分と区別しない点で、免責の範囲が広いのである。

 前記福田・亀山裁判官意見が説くように、当該報道記事がいかなる社の責任によって作成されたものであるかをきちんと認識できて初めて報道の機能が十分に発揮されることを重視すれば、クレジットの有無によって区別すべきことになる。

 これに対し、国民の「知る権利」に奉仕する報道機関の報道にとって通信社制度が重要であることを重視すれば、さほどクレジットの有無に重要性がないことになろう。

 共同配信記事名誉毀損事件最高裁判決は、後者の立場を選択したものと思われる。

7.おわりに

 今回の最高裁第一小法廷による共同配信記事名誉毀損事件最高裁判決は、「報道主体としての一体性」がある場合について、通信社に真実性についての「相当の理由」があれば、地方紙のそれと原則的に同視するというものであった。

 そして、それは第二小法廷判決における北川・河合裁判官の意見を原則的に採用しつつ、同判決で争われたクレジットの有無を問わないとする点で、さらに免責範囲を拡張するものでもあった。

 これに対し、「報道主体としての一体性」については、諸般の事情を総合考慮して判断するとする点で、なおも不明確な点を残した。さらに、一体性がない場合について、今回の判決では触れていないものというべきかどうか、「少なくとも」とすることによって、将来における拡張の余地を残している。

 いずれの日にか、最高裁は大法廷を開いて、各小法廷が示した基準を統一する日が来るのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 1日 (日)

共同配信記事名誉毀損事件判決-補論

 前回の日記「最判平成23年4月28日-共同配信記事名誉毀損事件」では、共同配信記事名誉毀損事判決の、判例としてカバーする射程は狭いという旨を書いた。その意味について、これを読んだ知人から質問を受けた。そこで、この点について、もう少し論じておきたいと思う。

 本判決は、通信社が配信記事の摘示事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、配信記事を掲載した新聞社は、名誉毀損の責任を負わないとしている。

 しかし、それには限定が付けられており、①「少なくとも通信社と報道主体としての一体性」がある場合だけを対象に、②「特段の事情のない」限りのことであるとしている。

 この限定ゆえに、本判決の射程は狭いと考えられるのである。

 まず、②の関係では、本判決は「当該新聞社が当該配信記事に摘示された事実の真実性に疑いを抱くべき事実があるにもかかわらずこれを漫然と掲載した」というケースを例示している。当該新聞社の追加取材等によって、真実であることを疑うべき事実が判明していたようなケースや、たまたま疑いを抱くような事実を知っていたようなケースが、これに該当することは前回述べた。

 A県を対象とする地方紙の場合には、他県の情報は取材が困難でも、A県それ自体で発生した事件のような場合には、かえって取材は通信社よりも容易であり、追加取材や、読者からの通報によって、詳しい事実関係を知ることができるケースもありうる。

 問題は、①との関係である。

 本件は地方紙のケースであったが、全国紙が通信社から記事の配信を受けて掲載しているケースもある。というのも、全国紙といえども、地方によっては支局を置いていても十分に手が回らないこともある。さらに問題は外国での出来事である。我が国の全国紙といっても、ローカルな国、さらにその首都ではなく地方は取材が不可能か、手薄になるし、速報性が求められることもあるから、通信社の配信を使用せざるを得ない。他方で、このような場合に、当該全国紙と通信社との一体性を認めることは困難である。そこで、本判決は、「少なくとも」という限定を付けている者と推測しうる。つまり、このように一体性がない場合について、本判決は、触れていないと見るべきであろう。

 以上の意味でも、やはり本判決の射程は狭いというほかないのである。

追記

下記を執筆

「共同配信記事名誉毀損事件最高裁判決-「配信サービスの抗弁」との関係」

http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/2011/05/post-72bd.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年7月 »