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2011年12月24日 (土)

いわゆる自炊代行事業差止請求訴訟について

報道等によれば、浅田次郎氏など大物作家7名が、「スキャン事業者」2社に対し、行為差止めを求める訴えを、平成23年12月20日、東京地方裁判所に提起した。いわゆる「自炊代行事業」を差し止めようというものである。

筆者は、原告、被告のいずれの側からも、現時点において本件に関与していないので、第三者という視点から、簡単に解説をしておきたい。以下は報道等に基づいた整理にすぎないことを、お断りしておく。

ここに「自炊」とは、PCやスマホなどの電子機器で閲覧するため、市販書籍をスキャナで読み込んで電子データ化するという行為を指している。書籍のデータを自ら吸い込み、吸い出すことが、その語源だという指摘もある。

「自炊代行」とは、ユーザーの依頼に応じ、この「自炊」を専門業者が行うことをいう。この専門業者のことを、今回の原告側は「スキャン事業者」と呼んでいる。一般には「自炊代行業者」と呼ばれることも多い。スキャンする前提となる書籍の裁断も行ってくれるという。

原告ら側の下記プレスリリース「書籍スキャン事業者への提訴のご報告」によると、「第三者から委託を受けて別紙作品目録記載の作品が印刷された書籍を電子的方法により複製してはならない。」というものである。

同プレスリリースは、「スキャン事業者(自炊代行業者)」を提訴した理由(請求原因)の骨子について、次のとおりとしている。

  • 「被告各社は、不特定多数の利用者から注文を受け、不特定多数の書籍をスキャンして電子ファイルを作成し、利用者に納品する事業を行っているものです。このような行為をその書籍の著作権者の許諾なく行うことは、著作権法21条の複製権侵害です。
    本年9月、原告らは、スキャン事業者に宛て、自己の作品の書籍をスキャンして電子ファイルを作成することを許諾しない旨を明確に伝えるとともに質問書を送りましたが、被告各社は、「今後も引き続き、原告らの作品について注文があった場合は、スキャン及び電子ファイル化を行う」旨を回答しております。
    従って、被告各社は、今後も、原告らの著作権を侵害するおそれがあるので、著作権法112条1項に基づいて、その差止めの請求をしたものです。」

原告らは、今回の提訴は、あくまでも「スキャン事業者(自炊代行業者)」の行為を違法とするものであって、個人の「自炊」を違法とするものではないとしている。同プレスリリースは、「ユーザー自身が個人的な目的で書籍をスキャンする、いわゆる「自炊」は、著作権法上の「私的複製」として認められていますが(著作権法30条1項))、業者が(まして大規模に)ユーザーの発注を募ってスキャンをおこなう事業は私的複製には到底該当せず、複製権の侵害となります。」と指摘しているからである。

実際のところ、音楽CDをiTuneに取り込むような行為は、我が国の場合、こうした同項への該当性という法律構成によって成り立ってきた。

結局、この問題の主たる論点は、個人ユーザー自身による「自炊」は当該個人ユーザーによる複製であるとしても、「自炊代行」における複製行為の主体は誰なのかという点である。

実際に電子データ化という物理的行為を行っているのは「スキャン事業者(自炊代行業者)」であるという点からすれば、「スキャン事業者(自炊代行業者)」には「私的複製」は成り立たないから、違法であるという考え方となろう。これが原告ら側の主張であるように思われる。

これに対し、あくまでも「自炊行為」の主体はユーザーであって、「スキャン事業者(自炊代行業者)」は、ユーザーの手足として実施しているだけであるとすれば、適法なユーザーの行為を手伝っているだけなので、「スキャン事業者(自炊代行業者)」も適法であるという考え方となろう。おそらく、これが被告ら側の主張となろう。

このように、誰が複製行為の主体なのかという点こそが、本件では問われることになろう。

この点についてはロクラクII最高裁判決が打ち出したロクラク法理が有名である。だが、同法理では物理行為を行っていなくとも、法解釈という観点から事業者を行為者と同視できるとして侵害が認められたのに対し、今回の場合は、事業者が物理的行為を行っている者であるという点で、違いがある。

さらに、後者の考え方を前提にしても、ユーザーの行為が著作権法30条1項2号にいう自動複製機器を用いた複製に該当し、「例外の例外」として違法とされる可能性も残る。

いずれにしても、訴訟は今、始まったばかりである。原告ら側の言い分は報道等から知ることができるが、被告ら側の言い分は明らかになっていない。いずれ折を見て続報していきたい。

2011年12月25日27日追記

実質論として考えると、「自炊」によって電子データ化されたものが不正流通するおそれを指摘する声も、一部にはあるようだ。しかし、もしも頭から憶測でユーザーや業者を泥棒扱いするという趣旨であれば、いかがなものだろうか。そうした乱暴な意見には賛成しがたい。今後における訴訟の審理の中で、それが憶測に過ぎないものなのか、それとも証拠によって裏付けられるものなのか、明らかされていく可能性がある。この点については、先入観を持つことなく、行方を見守りたい。

次に、法的な意味はともかくとしても、作家・浅田次郎氏は、裁断された本を正視に堪えないという、「自炊」に対する気持ちを示している(後記「スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき」参照)。

筆者も物書きの末席を汚す者として、お気持ちは分かる。だが、少し前の統計資料では、紙の書籍の返本率は4割を超えている(後記Garbagenews.com記事参照)。悲しいかな、これが現実である。

その一方、一般のユーザー側の中には、新たなテクノロジーの進展を受け入れられないのかと言いたい人もいるだろう。もとより、スキャナが新たなテクノロジーというわけではない。スマホやタブレット型PCによって、いつでも、どこでも、モバイルで閲覧できることを指している。

しかし、権利者側からすれば、だからこそ大量コピーに連なるので困ると主張したいはずである。家庭にも普及しているプリンタ複合機にはスキャナ機能が付いているので、それを用いれば「自炊」することができる。ところが、書籍の裁断を含め、今もって「敷居」が高いからこそ、「自炊代行」なるものが流行するということになろう。

これに対し、スキャンすること自体は難しいことではなく、裁断が素人には容易でないというのが実情であり、それなら裁断だけを代行する業者が出現すれば、複製とは言えないはずであるから、今回の提訴は実質的に意味が薄いと指摘する人もいるようだ。

さらに、いったん原告らは書籍の出版で印税を得ているのだから、なぜ今さら重ねて権利主張をするのかという意見もある。中古ゲームソフト事件最高裁判決は、映画著作物の頒布について、明文なき消尽を認めた。

これに対しては、譲渡に関しては消尽が解釈で認められる余地があっても、本件は譲渡ではなく複製ではないかという反論も予想される。それなら、私的使用の枠を超えて譲渡、もしくは公衆送信された際に初めて取り締まればいいはずだという再反論も考えられないではない。

最後に、便利なはずの電子出版が、いっこうに日本では本格的に普及しないこともあり、ユーザーが「自炊」に頼りたいという気持ちがあることにも頷ける面がある。そう言うと、それと本件とは別だという声が出ることも、容易に予想される。

これらは音楽配信について、かつて見た風景と一部で似ている面もあるが、異なる面も多い。このようにして、問題の背景事情は今後も複雑化する一方なのかもしれない。ただそれと、法解釈とは、必ずしも連動しないということも指摘しておかなければならない。その善し悪しは別として。

2012年5月31日追記

自炊業者全員が訴えを認諾して、本件は終了したようだ。

30条1項は「当該使用者は……複製することができる」という文言なので、使用者本人が複製することが要件となる。業者への依頼による場合を認めると大量複製に連なるおそれがあることが制度趣旨とされている。したがって、もともと本件のように「業者への依頼による場合」には適用されない。

これは私の著書「著作権法」227頁にも明記している事柄であり、確立した通説である。

ただ、それだけのことであり、わざわざ訴訟で争うほどの案件であったか、きわめて疑わしい。騒いでいたのは、著作権法をよく知らない人だけだったのではないか。

参考

原告ら側のプレスリリース「書籍スキャン事業者への提訴のご報告」
   

「スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき」
   http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/21/news044.html

玉井克哉「自炊代行提訴についての雑感」
   http://agora-web.jp/archives/1416605.html

福井健策弁護士ロングインタビュー:「スキャン代行」はなぜいけない?
   http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/23/news009.html

関口 州「私が否応なく自炊を選択した経緯と新たな発見」
   

小霜和也「自炊代行の真の問題点とは」
   http://agora-web.jp/archives/1416882.html

その他BLOGOS「自炊代行」特集
   http://blogos.com/news/printscan/?g=life

小倉秀夫 「原則自由」な社会における自炊代行論争
   http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2011/12/post-f028.html

Garbagenews.com「新刊書籍・雑誌出版点数や返本率推移をグラフ化してみる」
   http://www.garbagenews.net/archives/1565633.html

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