東京地判平成25年7月19日(エンジン写真事件)の解説2 (完)
前回に続いて、東京地判平成25年7月19日を解説する。
複製権及び公衆送信権の侵害の有無(争点1-5)
前述のとおり、本判決の事実認定によると、本件掲載写真は、本件写真から本件エンジンだけが切り出される態様でトリミングされており、背景の色が本件写真とは異なるものであった。そのため、本判決は、「本件写真と本件掲載写真を比較すると、本件掲載写真は本件写真を翻案したものというべきもの」であるとした。
その一方、本訴で原告は本件掲載写真について本件写真の複製権侵害を主張している。そこで、本判決は、「原告が複製権侵害を主張する対象は、後記著作者人格権侵害の場合と異なり、本件掲載写真の全部ではなく、そのうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)のみについての侵害を主張するものと解されるので、以下これを前提に検討する。」とした。
以上の前提の下で、次のとおり判示して、本判決は複製権の侵害を認めた。イレギュラーな判断である。
本件掲載写真は,本件掲載写真の態様のとおりの改変を加えられている部分を除けば,複製をするに際しての若干の色調の相違はあるものの,本件写真と実質的に同一と認められる。そうすると,被告による本件掲載写真の利用は,本件写真のうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)についての原告の複製権を侵害するものである。
さらに、「同様の理由で,被告がその運営するウェブサイトのウェブページに本件掲載写真を掲載して公衆に送信する行為は,本件写真のうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)についての原告の公衆送信権を侵害する。」とした。
公表権の侵害の有無(争点2-1)
本判決は「本件写真は,未公表の著作物であった……。被告は,その発行した本件書籍に本件掲載写真を掲載したから……,原告の公表権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
補助参加人は,本件写真が補助参加人のために撮影されたものであるなどとして,公表について,補助参加人の裁量に委ねることに同意した旨主張する。
しかしながら,本件写真が補助参加人のために撮影されたものであっても,その使用目的である「HONDA CB750Four FILE.」への掲載の範囲を超えて,原告がその公表を補助参加人の裁量に委ねたことにはならないから,原告が本件写真の公表に同意したとは認められないし,その他これを認めるに足りる証拠はない。したがって,補助参加人の主張を採用することはできない。
氏名表示権の侵害の有無(争点2-2)
本判決は「本件書籍には原告の氏名表示はなかったのであるから,原告の氏名表示権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
補助参加人は,本件写真は個性がほとんど発揮されることのない一部部品の写真にすぎないなどとして,原告の氏名表示がなくとも原告の利益を害しないし,公正な慣行に反するともいえないから,氏名表示の省略が認められる旨主張する。
しかしながら,本件書籍に本件写真を掲載するについて,氏名表示の必要性がないことや氏名を表示することが極めて不適切な場合であることを肯定する事情は見当たらないから,原告の利益を害するおそれがないとは認めらないし,公正な慣行に反しないとはいえない(なお,補助参加人発行の書籍では概ね氏名が表示されていることが認められる……。
同一性保持権の侵害の有無(争点2-3)
本判決は「本件写真と本件掲載写真とを比較すると,本件掲載写真は,本件掲載写真の態様の改変が加えられている。そして,原告本人尋問の結果に照らすと,上記改変は原告の意に反する改変であると認められるから,原告の同一性保持権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
補助参加人は,本件写真からエンジン部分(背景部分の一部を含む。)が切り出されているものの,本件写真はエンジンを説明するために撮影された写真なのであるから,エンジン部分を切り出して表示することは原告においても承諾していた旨主張する。しかしながら,このような承諾を認めるに足りる証拠はないし,「HONDA CB750Four FILE.」(甲1)において,本件写真と同時に撮影された丙10の写真から本件エンジン部分(背景部分の一部を含む。)だけが切り出されて掲載されていることをもって,原告が本件掲載写真の態様のような写真の掲載についても承諾したとまで推認することはできない。
また,補助参加人は,本件写真の性質,その利用の目的及び態様に照らし,本件写真の改変は,やむを得ないと認められる改変である旨主張する。しかしながら,本件写真の改変は,本件写真から本件エンジンだけを切り出しただけではなく,本件掲載写真の態様の改変を加えたものであって,やむを得ない改変であるとは認められない。
著作者人格権不行使の合意の有無(争点2-4)
補助参加人は、著作権の「買取り」とは、補助参加人従業員の管理下で撮影された写真を補助参加人がどのように利用しようと異議を申し立てないとの意であるから、著作者人格権を行使しないとの趣旨も当然に含まれる旨を主張した。
本判決は次のとおり判示して補助参加人の主張を退けた。
Dの供述では、原告に対する説明は撮影した写真の「買取り」にとどまり、具体的に著作権の譲渡について説明したものではない。また、Dは、著作者人格権の説明はしていない旨供述するから、たとえDが原告に対して「買取り」と説明していたとしても、それが著作者人格権を行使しない趣旨を含むものとは解されない。
被告の過失の有無(争点3)
本件では損害賠償が請求されていたため、被告の故意・過失が問題となった。
本判決は次のとおり判示して被告の過失を認めた。
他人の著作物を利用するには、その著作権者の許諾を得ることが必要であるから(著作権法63条1項・2項)、他人の著作物を利用しようとする者は、当該著作物に係る著作権の帰属等について調査・確認する義務があるというべきである。
被告は、本件写真を本件書籍や被告のウェブサイトのウェブページに掲載することにより、本件写真を利用しているのであるから、本件写真を利用するに当たり、本件写真に係る著作権の帰属等を調査・確認する義務があったと認められる。しかしながら、被告は、原告の許諾を得ることなく、本件写真を利用したのであるから、上記の調査・確認義務を怠った過失がある。
損害額(争点4)
著作権法114条2項の適用の可否
本件で原告は損害額につき著作権法114条2項の適用を主張したが、本判決は次のとおり判示して、この主張を退けた。
著作権法114条2項は、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を著作権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定であるから、著作権者に、侵害者による著作権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、同項の適用が認められると解すべきである。
これを本件についてみるに、原告は、職業写真家であるから、出版業を行っていないし、その他原告に被告による侵害行為がなかったならば本件掲載写真の出版による利益と同等の利益が得られたであろうという事情は見当たらないから、著作権法114条2項の適用は認められない。
これに対し、原告は、著作権法114条2項の適用について、著作権者の著作物の利用(販売)を要件としない旨主張する。
確かに、著作権法114条2項は、文言上、著作権者の著作物の利用を要件としていないから、著作物の利用が要件であるとは解されない。しかしながら、同項は、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を著作権者の損害額と推定する規定であるから、少なくともそのような推定を可能とする事情が必要であると解される。
また、補助参加人発行の「HONDA CB750Four FILE.」(甲1〔奥付記載の発行日は平成20年2月28日〕)には、原告が本件写真と同時に撮影した写真(丙10)が掲載されている。しかしながら、これは、本件写真に係る事情ではないし、被告の侵害行為よりも2年以上前の事情であることに照らすと、これをもって原告に被告による侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情に当たるとはいい難い。
ここでは、同項が適用されるためには、著作物の販売、利用を要するかという論点に付き、必要説が採用されたことになる。詳細は拙著『著作権法〔新訂版〕』490頁を参照されたい。
著作権法114条3項に基づく損害額について
本判決は次の点を考慮して本件写真の本件書籍に対する寄与率を5%と認めた。
本件掲載写真のうちのエンジン本体部分(背景部分及び説明部分等を除く。)は、本件書籍の本文13頁中の1頁に掲載され、その1頁においても主要部分を占めるが、被告のウェブサイトの「週刊 ホンダ CB750FOUR」シリーズの紹介ページにも掲載されていることに照らすと、本件書籍の本文における掲載割合以上の寄与があるといえる。しかしながら、本件書籍には、付録として「CB750FOUR」の模型のパーツとスタートアップDVDが付属しており、これらの付録も本件書籍の売上に寄与している。
次に、「著作権法114条3項に基づく損害額を算定するに当たり、本件写真の利用料率を検討するに、出版における著作物一般の利用料率に加え、本件書籍における本件写真の掲載態様等に鑑みると、本件では利用料率を15%と認めるのが相当である。そして、本件書籍の販売価格に、販売部数、寄与率及び利用料率を乗じて、損害額を算定すると、29万8757円となる。」とした。
(計算式)690円×5万7731部×5%(寄与率)×15%(利用料率)=29万8757円(1円未満切捨て)
その他の損害(著作者人格権侵害に係る慰謝料)
「被告の公表権、氏名表示権及び同一性保持権侵害の態様に鑑みると、20万円と認めるのが相当である。」とした。
参考-判決全文
東京地判平成25年7月19日
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