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2013年8月 8日 (木)

東京地判平成25年7月19日(エンジン写真事件)の解説1

はじめに
 
今回は、東京地判平成25年7月19日平成23(ワ)785を取り上げる。
 
写真の著作物に関する著作権侵害差止等請求事件である。争点は多岐にわたるが、この類型の紛争としては、オーソドックスなものといえよう。
 
事案の概要
 
本件は、職業写真家である原告が、出版社である被告に対し、本件写真の著作権が原告に帰属するのに、被告は、原告の承諾なく、本件書籍に本件写真を掲載し、原告の著作権(複製権、公衆送信権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害したなどと主張して、①損害賠償請求、②著作権法112条1項に基づく差止請求として、<ア>本件写真の複製、公衆送信又は改変の禁止、<イ>本件写真を複製した本件書籍の出版、販売又は頒布の禁止、③同法2項に基づく廃棄請求として、<ア>被告の運営するウェブサイト内のウェブページからの本件写真の削除、<イ>本件書籍の廃棄を求めた事案である。
 
本件掲載写真は、本件写真から本件エンジンだけが切り出される態様でトリミングされており、背景の色が本件写真とは異なるものであった。
 
被告補助参加人は、本件写真における、被写体の選択・配置、構図・カメラアングルの選択、ライティング・背景の決定等は、全て補助参加人が行っており、原告は、補助参加人の指示に従い、物理的な撮影行為を行ったのみであり、原告における創作性は認められないから、本件写真の著作者は補助参加人である等と主張した。
 
原告が本件写真の著作者(創作者)であるか(争点1-1)
 
本判決は、次のとおり述べて、原告が本件写真の著作者(創作者)であるとした。
 
原告は、写真専門学校を卒業後、建築、自動車関連の撮影アシスタント、スポーツ専門の写真撮影会社勤務等を経て、本件写真の撮影当時は、フリーランスの写真家として活動していたこと、原告は、本件写真を撮影する前に、本件エンジンの銀色を際立たせるために、それに適した黒色の背景を提案したこと、本件写真の撮影場所が狭かったため、本件写真の撮影には三脚を使用することができなかったこと、原告は、本件写真の撮影に際し、手動によりシャッタースピードと絞り、ホワイトバランス等の露出を調整したこと、原告は、本件写真を撮影する直前に、ライティングの濃度、本件エンジンの角度、陰影等を確認するために、本件エンジンを被写体として数枚写真を撮影したこと、その後、原告は、本件エンジンの位置を決め、ライティングを調整し、本件エンジンの側面に光を当てるなどの工夫を凝らした上で、ファインダー内において本件エンジンが上下左右四辺から等距離に来た瞬間を捉えて本件写真を撮影したことが認められる。
以上に照らすと、本件写真の撮影者である原告が本件写真を創作したと認めるのが相当である。
これに対し、補助参加人は、本件写真における、被写体の選択・配置、構図・カメラアングルの選択、ライティング・背景の決定等は、全て補助参加人が行っており、原告は、補助参加人の指示に従い、物理的な撮影行為を行ったのみである旨主張し、これに沿うBの陳述書(丙26)及び証人尋問における供述がある。
しかしながら、Bの供述によっても、Bが写真撮影について専門的な教育を受けたとは認められない。また、Bは、本件写真の撮影に際し、原告撮影の写真について、デジタルカメラのディスプレイで確認したと供述するものの、そのファインダーを覗くことはなかった旨供述するのであるから、そのようなBが原告に対して写真撮影の具体的な指示ができたとは容易に認められない。Bは、書籍の編集者としての立場から、読者が好む写真を作成するための希望を述べたものであって、それを超えて写真の創作的内容についての具体的指示をしたものと認めることはできない。
 

一般に、誰が著作者なのか争いがあるときは、14条・75条3項の推定規定によることができる。これらの推定規定の適用がない場合には、主として著作物の作成過程を事実認定することによって、かかる活動を誰が行ったのかを確定し、誰が著作者なのかを上記基準に照らして判断する(拙著『著作権法〔新訂版〕』118頁)。

本判決も、基本的に同様の手法によっているが、「Bが写真撮影について専門的な教育を受けたとは認められない」等として、作成能力を加味して判断しており、正当であろう。

 
本件写真の創作が職務著作に当たるか(争点1-2)
 
補助参加人は、原告が補助参加人の業務に従事する者であり、補助参加人のために本件写真を撮影し、また、本件写真は補助参加人名義のもとに公表するものであったから、本件写真の著作者は補助参加人である旨主張したので、職務著作に当たるか、争点となった。
 
まず、本判決は著作権法15条1項の制度趣旨を、次のとおり述べた。
 
著作権法15条1項は、法人等において、その業務に従事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し、これが法人等の名義で公表されるという実態があることに鑑みて、同項所定の著作物の著作者を法人等とする旨を規定したものである。
 
次に、「法人等の業務に従事する者」に該当するための一般論を、次のとおり判示した。
 
①法人等と雇用関係にある者がこれに当たることは明らかであるが、②雇用関係の存否が争われた場合には、同項の「法人等の業務に従事する者」に当たるか否かは、法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに、法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様、指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して、判断すべきものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第216号同15年4月11日第二小法廷判決・裁判集民事209号469頁参照)。
 
本件では①の雇用関係は認められないから、②本件写真の撮影当時において、原告が補助参加人の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、補助参加人が原告に対して支払った金銭が労務提供の対価であると評価できるかについて検討するとした。
 
次のような業務の態様や報酬の支払状況に照らすと、本件写真の撮影当時において、補助参加人が原告に対して支払った金銭が労務提供の対価であると評価することは困難であるとした。
 
原告は、平成16年頃から平成22年7月頃まで、補助参加人の依頼を受けて、写真撮影を行い、撮影した写真フィルムないしデータを納品したこと、撮影のためのデジタルカメラ、レンズ、ストロボ等は原告が自らの費用で準備していたこと、補助参加人は、原告に対し、交通費のほか、報酬(日当名目)として1日2万2000円(平成19年8頃からは2万5000円)を支払っていたこと、報酬の支払時期は、撮影した写真を掲載した書籍の発行後であり、実際の撮影日から4か月程度後であったこと、平成18年(本件写真が撮影された年)において、原告の補助参加人の依頼による撮影日数は108日であり、それによって得た報酬は237万6000円であったことが認められる。
以上のとおり、平成18年(本件写真が撮影された年)において、原告は、補助参加人からの依頼を受けて写真撮影の業務を行っていたものの、撮影機材は自ら準備し、写真撮影に当たっても自らの判断でその創作的内容を決定していたことが認められる。補助参加人は、原告に対し、報酬として1日2万2000円を支払っているが、その支払時期は、撮影した写真を掲載した書籍の発行後であり、原告の補助参加人の依頼による撮影日数は108日にすぎない。
 
この点については雇用関係がある場合に限らないと考える非限定説が多数説といえよう。詳細は拙著『著作権法〔新訂版〕』123頁参照。
 
本件写真に係る著作権の譲渡の有無(争点1-3)
 
補助参加人は、原告に対し、撮影された写真の著作権が全て補助参加人に帰属することを十分に説明し、原告はこれを了承していた旨主張したので、本件写真に係る著作権の譲渡の有無が争点となった。
 
本判決は、原告と補助参加人との間で、原告撮影の写真について、著作権の譲渡の合意があったとは認められないとした。
 
その理由として、著作権の譲渡について説明したものとはいい難いこと、補助参加人は、原告に対し、原告撮影の写真について、その複製物を第三者に交付することの承諾を求めているから、補助参加人は、原告撮影の写真について、その著作権が原告に帰属することを前提として行動していることがうかがえること、原告が写真の「買取り」や著作権の扱いについて説明がなかった旨を供述していることや、補助参加人が撮影者との間で著作権の譲渡について契約書を作成することが困難であった事情が見当たらないこと等を掲げている。
 
包括的利用許諾の合意の有無(争点1-4)
 
補助参加人は、補助参加人と原告との間で、原告撮影の写真について、以後他の書籍の内容に合わせて改変した上で掲載することを許諾する旨の、包括的利用許諾の合意があった旨主張したので、その有無が争点となった。
 
本判決は、包括的利用許諾の合意があったとは認められないとした。
 
        (続く)

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