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2013年8月 6日 (火)

プライバシー権侵害の成立に個人識別性を要するとした判例

はじめに
 
情報を公表する行為によってプライバシー権侵害が成立するためには、対象情報について個人識別性が必要か。仮に必要とした場合、公表者(情報の提供元)を基準とすべきか、それとも当該情報受領者(情報の提供先)を基準とすべきか。これらの点に言及した判例が少数ながら存在するので、紹介しておきたい。
 
東京地判平成24年8月6日
 
比較的近時のものとして、東京地判平成24年8月6日平24(ワ)6974号(ウエストロー・ジャパン文献番号2012WLJPCA08068006)がある。
 
本件は、プロバイダ責任制限法4条1項に基づく発信者情報開示請求事件である。
 
原告は、ネット掲示板への書き込みによってプライバシー権を侵害されたと主張し、当該書き込みに用いられた経由プロバイダ(携帯電話会社)を被告として、当該書き込みを行った発信者にかかる発信者情報開示請求を行った。
 
本件投稿によって、原告がオカマバー「b」にニューハーフの「B」として勤務していたという情報を公開したものと認められるか否か(原告のプライバシー権の侵害の有無)が争点となり、本判決は、次のとおり述べた。
 
インターネット上の掲示板に投稿された情報が,他人のプライバシー権を侵害するものであるか否かは,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準として判断するのが相当であるところ,本件投稿は,原告の名字である「甲山」(レス番号141)と原告の名前の一部である「X~」(レス番号146,193,226)あるいは「X○~」(レス番号272)が分割されて投稿されており,各投稿が近接しているわけでもない上,「X~」あるいは「X○~」という記載のみでは,それが名前の一部であるかどうかも明らかではないから,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において,「甲山X雄」という原告の氏名を認識することは困難であるといわざるを得ない。
 
よって,本件投稿は,原告が「b」で「B」として勤務していたという情報を公開したものということはできない。
 
本判決は、以上の点を理由に、本件投稿によって、そもそも原告のプライバシー権が侵害されたと認めることはできないとして、原告の請求を棄却したが、そのポイントは、「一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において,『甲山X雄』という原告の氏名を認識することは困難である」という部分である。
 
これをさらに分析すると、
 
1.プライバシー権侵害が成立するためには、被害者(本人)たる原告の氏名を認識することができなければならない。
 
2.上記1は、一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において、認識しうるものでなければならない。
 
という考え方に立っていることが分かる。
 
換言すると、公表者(情報提供元)を基準とするのではなく、当該情報提供先となる一般の閲覧者を基準に、被害者たる原告の氏名を認識することができる場合でなければならないとしたものである。
 
本判決は、氏名を問題としているが、掲示板への書き込みという性格を踏まえたものであろう。本判決は、「インターネット上の掲示板に投稿された情報」と注意深く明記して、それを対象とする場合についてのものであることを明らかにしている。顔写真等がアップロードされ、それによって認識(識別)しうるような場合を、氏名がないからといって排斥する趣旨ではないものと思われる。
 
ちなみに、最判平成9年5月27日判時1606号41頁は、名誉毀損における「社会的評価の低下」の判断基準について、「一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべき」であるとしている。前記2は、プライバシー権について、それと類似の判断基準を採用するものといえよう。
 
新潟地判平成18年5月11日(防衛庁リスト事件)
 
さらに遡ると、類似の点について判示したものとして、新潟地判平成18年5月11日判時1955号88頁(防衛庁リスト事件)がある。
 
本判決は、次のように説いている。
 
プライバシー等が侵害されたというためには「個人情報が個人識別性を有することが必要である。」「当該個人情報の開示によりプライバシーが侵害されたか否かが問題となる場面における個人識別性については,当該情報のみで識別できる場合に限らず,一般人が特別な調査を要せずに容易に入手し得る他の情報と照合することにより当該個人を識別できる場合も,これを肯定するのが相当である。」
 
本判決は個人識別性を要件としており、さらに具体的には、被開示者たる一般人を基準として照合容易性について説く点に特色がある。
 
名古屋地判平成17年1月21日判時1893号75頁(成りすまし投稿事件)
 
これまで述べてきた事件とは、やや異質であるが、原告代表者本人であるかのような投稿者名を冒用して電子掲示板に書き込みがなされたことによる原告の名誉、信用、プライバシー権及び人格権の侵害の有無が主要な争点となった事件がある。
 
本判決は、「他人の名義を冒用した表現行為がなされた場合、当該表現行為上に表れた名義人(被冒用者)が当該表現行為の主体であると誤認されることとなる結果、名義人(被冒用者)の名誉、信用、プライバシー権及び人格権が侵害されることはあり得るところである。」とした上、次のとおり説いて侵害の成立を認めなかった。
 
 しかしながら、他人の名義を冒用した表現行為によって名義人(被冒用者)の名誉、信用、プライバシー権及び人格権が侵害されたというためには、少なくとも、通常の判断能力を有する一般人が、当該表現行為の主体と名義人(被冒用者)とが同一人物であると誤認し得る程度のものであることを必要とする
 
取得者の下における再識別化
 
近時は、いったん匿名化など非識別化された情報が、他事業者の下で他の情報と連結されることによって再識別化されることが懸念されている。
 
これらの判例法理によれば、取得者の下で再識別化された時点から、プライバシー権の対象情報となることになろう。 
 
個人情報保護法についても、経産分野ガイドライン3頁は、取得時に識別性を有しない情報であっても、新たな情報が付加され、または容易な照合が可能となった結果、識別性が具備されるに至った場合には、その時点から個人情報となるとしている。したがって、その時点から個人情報保護法の適用が認められることになろう。この点で、再識別化対策について、現状では原則的に自主規制で行かざるをえない合衆国の場合と大きく異なっている。
 
おわりに
 
プライバシー権の侵害が成立するための要件として識別性の要否が問題となった判例は、さしあたり、筆者が探した限りでは、これら以外には発見することができなかったが、他に存在する可能性がある。
 
公表との関係では、例えば「都内に住む某中年男が、昨夜、性病に罹患したとして大学病院に通院した」と掲示板に書き込んだ場合、性病への罹患、通院治療という事実が一般の人なら公表を欲しない事項であっても、それだけでは誰のことなのか全く判然としないとき(識別性がないとき)は、その限度ではプライバシー権侵害であると評価できないのも当然であろう。それは、書き込んだ者が、それが誰であるか知っていたかどうかを問わない。その意味で、公表する際に、「一般の読者」における個人識別性を要件としたことには、一般論としては、少なくとも常識的に理解しやすい面がある。
 
これらの判例の考え方に対しては、異論もあり得ようし、さらなる検討作業が必要であるが、最近ではプライバシー権を重視する立場や、プライバシー権の考え方を重視して個人情報保護法を解釈していこうとする立場が有力である。個人情報保護法について過剰反応が生じる一方、新たな技術等の進展の中で保護されるべき情報に保護が及ばないという、ちぐはぐな状態が生じているからである。
 
その場合には、現行のプライバシー権に関する判例理論の正確な把握が不可欠となる。立法論を展開する場合にも、そのペースとなる判例理論の理解が、前提として重要であることはいうまでもなかろう。
 
とはいえ、これに対し、取得との関係では、さらに検討を要する。また、ドッグイヤーという言葉すら陳腐となるほど早い、新たな技術の進展は、これまで想定していなかったようなケースを惹起しており、常に見直しが必要であるから、固定的に考えるべきでもないことも当然であることを付け加えておきたい。

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