舞台降板事件訴訟と人格権
あるタレントさんが舞台の練習参加を拒んで降板した事件(正確には舞台そのものがボツになった事件)が、舞台製作者側との裁判紛争に発展して、メディアで話題となっている。
第三者が出版した自伝をベースに作られた脚本が、当該第三者の意向を無視していることが、降板した理由として主張されているようだ。
その期日で裁判長が「原作、原案というより、モデルの人格権に関わる。」という言葉を述べたとして、「人格権」の意味がメディアでさらに憶測を呼んでいる。
脚本も原作も拝見していないので、現時点で正確な判断は困難である。そのため、以下、このような類型の事件についての、あくまでも「人格権」に関する一般論にとどまるが、メモとして残しておきたい。
原作の創作的表現について本質的特徴を直接感得しうるなら(江差追分事件最高裁判例が提示した基準)、脚本化は、著作者人格権のひとつである同一性保持権侵害に該当しうる。これも一応は立派な人格権である。
ちなみに、「原作、原案」という区分は、アイデアは著作権法の保護範囲外という趣旨をいいたいのであろうが、用語として裁判実務では一般的ではない。創作的表現を対象に、上述した感得性の有無によって決せられる。
さらには著作権法113条6項の、みなし著作者人格権侵害に該当する可能性もある。こちらは「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」が対象となる。芸術的な裸婦像をストリップ劇場の看板に流用するようなケースが典型例である。
その一方、人格権の代表とも言うべきプライバシーについては、前記第三者本人が既に著書として出版しており、その限度では公知性があるから、純然たるプライバシーの問題とはとらえにくい。
しかし、脚本をモデル小説になぞらえれば、原著に記載されていない内容を無断で脚本に入れた場合にはプライバシーの問題が、脚本で虚偽を織り交ぜたような場合には名誉毀損が成立する余地がある。
でもそれだけではない。客寄せパンダとして著作者名を無断利用するのなら、最高裁がピンクレディー事件で認めたパブリシティ権の問題ともなりうる。これを最高裁は人格権たる肖像権の一種と位置付けている。この辺りの領域は深い判例理論の知識がなければならない。最近の保護法改正論でも、プライバシー重視を主張するというなら、もっと判例理論をきっちり理解していなければならない。
いずれにしても、本件では問題となった原作だけでなく、脚本を見なければ正確な判断は難しい。以上が、純然たる一般論にとどまるゆえんである。
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