カテゴリー「情報ネットワーク法」の記事

2013年12月20日 (金)

番号法の成立と今後の課題

情報ネットワーク法学会 第13回研究大会(2013年11月23日)
特別講演
「番号法の成立と今後の課題」
 講師:岡村久道
動画が下記からご覧になれます(YouTube)。

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2013年10月23日 (水)

EU個人データ保護規則案が可決された

EU個人データ保護規則案が、可決された。
 
さっそく欧州議会サイトに、次のニュースリリースが掲載されている。
“Civil Liberties MEPs pave the way for stronger data protection in the EU”
 
このニュースリリースには、次のような概要が冒頭に記されている(筆者が取り敢えず短時間で仮訳したものであり、不十分な箇所があればご指摘願いたい)。
 
「現行のEUデータ保護ルールを大幅に見直すことは、人々が自己の個人データをコントロールの下に置くとともに、企業が欧州全域でデータを移動させることを容易にするものであり、月曜日に人権委員会によって選ばれた。マス・サーベイランスのケースに対処するために、欧州議会議員は、EU域外諸国へのデータ移転について、より強化された安全措置を新設した。彼らはまた、明示的な同意の要件、消去する権利、およびルールに違反した企業に対する罰金額の増額を新たに設けた。」
 
このうち前半の点について、このニュースリリースで、データ保護規則法制化に関する報告者のジャン・フィリップ・アルブレヒト氏は、投票後に、次のようにコメントしている。
 
「今夜の投票は、デジタル時代における課題への対応を確実化するという点で、欧州のデータ保護規則にとって画期的なものである。この制定法は、データ保護に関するEU規則に架橋しようとするものであり、現行における(EU域内の)各国内法のパッチワークに置き換わるものである」。
 
ところで、1995年のEUデータ保護指令が現行では有効であるが、これは国内法としての効力を有しておらず、EU加盟国は、それぞれデータ保護指令に基づいて国内法を整備してきた。
 
しかし、EU加盟各国の国内法の間には「ばらつき」があるのも事実である。これが上記にいう「各国内法のパッチワーク」という言葉の意味である。こうした「ばらつき」が、企業が欧州全域でデータを移動させることを困難にしてきたという指摘は多く、解決策が検討されてきた。ちなみに、こうした「ばらつき」問題はEU域内諸国間だけで生じている問題ではない。国際的に生じていることはもとより、合衆国では各州法の内容に「ばらつき」が、我が国では各地方公共団体の個人情報保護条例の間における「ばらつき」が問題とされてきた。法律レベルではないが、省庁ガイドラインの「ばらつき」も問題なしとしない。
 
いずれにしても、こうした「ばらつき」が、EU加盟各国の間におけるデータ移転を困難にしていることは否定できない事実である。EU個人データ保護規則案は、データ保護指令に置き換わるべき性格のものであるが、データ保護指令と異なり、EU個人データ保護規則案は、国内法化することなく、そのまま直接適用される。これによって「ばらつき」が解消される。これが、「上記の企業が欧州全域でデータを移動させることを容易にするもの」という意味である。
 
アルブレヒト氏は、次のように付け加えている。欧州議会には、欧州の各政府と協議を開始するために、現在、明確な権限がある。これを受け容れ、協議を開始するというボールは、現在、各EU加盟国政府の手の内にあり、そのため、我々は市民の関心に応えて、EUのデータ保護ルールの緊急に要するアップデートを届けることが可能であると。
 
ここで注意すべきなのは、指令の規則化は、ルールの統一化という点によって、域内データ移転の容易化をもたらすという意味で、域内の企業にとってもプラスになるということ、その一方で、各個人にとっても、状況の変化に迅速に対応できるという利点を有しているということである。これらの点は、我が国における各地方公共団体の条例間やガイドライン間における「ばらつき」への今後の対応に示唆を与えるものである。

EU域外諸国へのデータ移転については、第三国(EU域外諸国)が企業(例えば検索エンジン、ソーシャルネットワークまたはクラウドプロバイダ)に対して、EUで処理される個人情報の公表を求める場合には、当該企業は、どんなデータであっても、移転する前に、当該国のデータ保護期間に対して承認を求めなければならないものとしている。当該企業はまた、そうした求めがあったことを、当該データのコピーを有する者に対し知らせなければならない。この提案は、「2013年6月にメディアが明らかにした大規模な監視活動への反応」とされている。これはエドワードスノーデンのリーク事件のことを指しているものと思われる。
 
後半のうち、最も興味深いのが、「消去する権利」(right to erasure)である。
 
これは、インターネット企業のようにデータを扱う者に対し、本人が求めたときは、自己の個人データを消去する権利を有するというものである。これを強化するため、本人からデータ消去の求めを受けた企業は、当該データを複製した他の者に対して、当該求めがあったことを通知しなければならないとされている。
 
保護規則案の検討過程では、「忘れてもらう権利」(right to be forgotten)が提案されていたが、この「消去する権利」は、「忘れてもらう権利」をカバーするものとされている。「忘れてもらう権利」に対して、これまで非現実的である等の批判が強かった。今回、「消去する権利」が認められたことは、やはりリーク事件の影響と見るのが自然であろうか。
 
違反に対する制裁の強化については、規則を破った企業は1億ユーロと、世界的な年間売上高の最大5%のうち、いずれか大きい方を上限とする罰金に直面することになる。罰金といっても日本法でいう課徴金のようなものである。「明示的な同意の要件」については、機会があれば別途解説したい。
 
付け加えておくと、今回の「可決」で完全に成立したというわけではない。前述のとおり、これからEU加盟諸国の各政府との協議が待ち受けている。したがって、我々としては、今後の行方を、まだこれからも注視していなければならない。
 
《参考》
 
“Civil Liberties MEPs pave the way for stronger data protection in the EU”

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2013年8月20日 (火)

新刊予告「インターネットの法律問題-理論と実務-」

単行本「インターネットの法律問題-理論と実務-」の新刊予告です。
 
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執筆陣は、次のとおり。この領域の専門家であれば、この顔ぶれの意味は分かるはずです。おそらく、少なくとも当分は、サイバー法の最高水準の教科書として君臨するでしょう。
 
第2章 情報通信の階層構造、通信自由化と競争政策
第3章 電波・放送法制、通信・放送融合への対応
関 啓一郎先生(東京大学 公共政策大学院 教授)がご執筆。
 
第4章 表現の自由
宍戸 常寿先生(東京大学)がご執筆。
 
第5章 プロバイダの地位と責任
丸橋 透部長(ニフティ)がご執筆。
 
第1章 総 論
第6章 著作権
双方を不肖、私が執筆。
 
第7章 産業財産権
古谷栄男先生、松下正先生、鶴本祥文先生(弁理士)がご執筆。
 
第8章 プライバシーと個人情報保護
新保史生先生(慶應義塾大学)がご執筆。
 
第9章 情報セキュリティ
石井夏生利先生(筑波大学)がご執筆。
 
第10章 情報システムの構築と契約は、
鈴木正朝先生(新潟大学)がご執筆。
 
第11章 パッケージソフトウェアプログラム
伊藤 ゆみ子先生(現シャープ執行役、前マイクロソフト株式会社法務本部長)がご執筆。
 
第12章 電子消費者保護
川村哲二先生(弁護士)がご執筆。
 
第13章 電子決済
杉浦 宣彦先生(中央大学、元金融庁)がご執筆。
 
第14章 国際私法
早川吉尚先生と小川和茂先生がご執筆。
 
第15章 民事訴訟
町村 泰貴先生(北海道大学法学部)がご執筆。
 
第16章 刑事法実体法
園田 寿先生がご執筆。
 
第17章 法情報学
笠原 毅彦先生がご執筆。
 
出版社の案内ページ

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2013年8月13日 (火)

合衆国の連邦政府における個人情報保護法制に関するメモ

はじめに
 
本稿では、合衆国における個人情報保護法制と、その最近における動向について、簡単に整理しておきたい。それは、近時において、後述のとおり大きな注目を集めている。
 
一般に、合衆国の法制度は、州と連邦に分けられる。
 
個人情報保護に関する州法は多様であるから、ここでは検討の対象から外し、以下、連邦の法制度に限定して説明する。不法行為としてのプライバシー権については、別途、機会があれば取り上げることにする。
 
連邦における公的部門と民間部門に関する保護の法的枠組み
 
連邦の公的部門を対象とする包括法として、Privacy Act(1974年)が制定されている。
 
これに対し、民間部門を対象とするものについては、個別法が複数存在するだけで、包括法は存在しておらず、原則として自主規制に委ねられている。そのため、セクトラル(個別分野)方式と呼ばれている。
 
我が国の場合、官民双方を対象とする基本法(個人情報保護法の基本法部分)と、官民それぞれを対象とする包括法(個人情報保護法の一般法部分と、行政機関個人情報保護法及び独立行政法人等個人情報保護法)が制定されている(詳細は拙著「個人情報保護法の知識〈第2版〉」参照)。
 
したがって、合衆国の連邦法と、我が国の場合を比べると、個人情報保護法制に関する基本構造が大きく異なっている。
 
なお、EUと合衆国との間のセーフハーバールールについては後述する。
 
連邦の主要な個別法
 
連邦の主要な個別法として、次のものがある。
 
・公正信用報告法(Fair Credit Reporting Act, FCRA)
・金融サービス近代化法(Gramm-Leach-Bliley Act, GLBA)
・ 児童オンラインプライバシー保護法(Children's Online Privacy Protection Act, COPPA)
・スパム対策法(CanSPAM Act)
・Telemarketing and Consumer Fraud and Abuse Prevention Act(DoNotCall)
・ 家庭教育プライバシー法(Family Educational Rights and Privacy Act, FERPA)
・ 金融プライバシー権法(Right to Financial Privacy Act)
・ プライバシー保護法(Privacy Protection Act, ECPA)
・ ビデオプライバシー保護法(Video Privacy Protection Act, VPPA)
・ 電話加入者保護法(Telephone Consumer Protection Act)
・ 医療保険の相互運用性及び説明責任に関する法律
 (Health Insurance Portability and Accountability Act, HIPAA)
・ 電気通信法(Telecommunications Act)
 
自主規制とFTCの役割
 
連邦における自主規制は、主としてプライバシーポリシー等を作って公表する方式である。
 
ポリシーに反する行為は、消費者による批判の対象となるだけでなく、一種の不公正又は欺瞞な行為、慣行に該当して、FTC法5条の対象となる。
 
いわば、企業が消費者に対してポリシーによって示していることと、実際の当該企業の行動が異なっていることが、不公正又は欺瞞的であると評価されるのである。その限度では、我が国の景品表示法と類似した制度を利用していることになる。
 
FTCとは何か
 
FTC(Federal Trade Commission:連邦取引委員会)は、基本的には調査・法執行機関である。
 
FTCは、もともと連邦の独占禁止法(反トラスト法、競争法)を管轄する組織であった。
  
根拠法である連邦取引委員会法(Federal Trade Commission Act:FTC法)は、1890年のシャーマン法(Sherman Act)、1914年のクレイトン法(Clayton Act)とあわせて、反トラスト法の「基本3法」と呼ばれている。
 
シャーマン法とクレイトン法は、司法省反トラスト局(Antitrust division, Department of Justice)が執行機関である。これに対し、FTCは、FTC法とクレイトン法の執行を行う。合衆国の反トラスト法制度の概要については、公正取引委員会「米国(United States)」を参照されたい。
 
しかし、FTCは、それに加えて、消費者保護を管轄するようになり、1970年以降になると、その関係で個人情報保護を管轄するようになった。1970年に施行されたFair Credit Reporting Act(FCRA)の執行機関となったことを端緒としている。
 
本稿執筆時点で、FTCには、5人のコミッショナーの下に、競争局(the Bureau of Competition)、消費者保護局(the Bureau of Consumer Protection)、経済局(the Bureau of Economics)が置かれており、プライバシー・個人情報保護は消費者保護局が担当している。
 
コミッショナーは、連邦議会の上院の承認の下に、大統領が任命する。
 
(FTC 組織図は http://www.ftc.gov/ftc/ftc-org-chart.pdf 参照)
 
FTC法5条違反の「不公正又は欺瞞な行為、慣行」(unfair or deceptive acts or practices)」に対し、FTCは主として排除措置(cease and desist order)と民事制裁金(civil money penalty)を課す。
 
これらに関する同意命令(consent order)に同意しない者に対して、FTCは行政審判を行う。
 
FTCは取引規制規則(Trade Regulation Rules)の制定も行う。その例として、テレマーケティング規制のためのTelemarketing Sales Ruleがある。
 
その他、FTCは、いくつかの個別法について法執行の役割も担当している。公正信用報告法等である。
 
セーフハーバールール
 
EUと合衆国との間のセーフハーバー協定に基づき、商務省が定めるセーフハーバー原則を遵守すれば、その企業は95年のEUデータ保護指令をクリアできるというものである。
 
この指令は、EU域内諸国に対し一定水準の個人情報保護に関する国内法の制定を求める一方で、EU域内から第三国へのデータ移転を原則禁止している。第三国へのデータ移転が認められるためには、当該第三国における個人情報保護水準の十分性が、EUによって認められなければならない。
 
この協定は、セーフハーバー原則を遵守する合衆国の民間企業に対し一定の手続きによって十分性が認定されるとするものである。
 
合衆国の商務省が定めるセーフハーバー原則は、次のとおりである。
 
① 告知:利用目的等の告知
② 選択:オプトイン、オプトアウトの機会の提供
③ 第三者への提供:告知と選択の原則の適用等
④ セキュリティ
⑤ データの完全性
⑥ アクセス;開示、訂正、変更、削除請求
⑦ 執行
 
その仕組みは、企業は、セーフハーバー原則を遵守することを宣言し、プライバシーポリシーを公表する、セーフハーバー原則の遵守の確約書を商務省に提出し、商務省は当該企業名等をウェブサイトに掲載するというものである。
 
セーフハーバーについても、遵守を約束した企業において、そのポリシーに違反する行為が発覚した場合、FTC法5条違反の「不公正又は欺瞞な行為、慣行」として、排除措置・課徴金等の対象となる。
 
しかし、あくまでも宣言するかどうかは企業の任意に委ねられている。ただ、EUデータ保護指令をクリアすることを希望する合衆国の企業にとっては、この方法によることが有利である。
 
連邦における近時の動向
 
ホワイトハウスは、2012年2月に政策大綱「ネットワーク化された世界における消費者データプライバシー」(Consumer Data Privacy in A Networked World: A Framework for Protecting Privacy and Promoting Innovation in the Global Digital Economy)を公表した。
 
その中で「消費者プライバシー権利章典」(A Consumer PrivacyBill of Rights)を示している。さらにその中では、公正情報行動原則(FIPPs: Fair Information Practice Principles)を適用するよう提唱されている。
 
FTCも同年3月に報告書「急速に変化する時代における消費者プライバシーの保護」(Protecting Consumer Privacy in an Era of Rapid Change)を発表した。
 
しかし、これら自体が法令というわけではない。いずれも、最終的には連邦議会に対して立法化を呼びかける内容となっている。
 
それとともに、自主規制の枠組みとしての活用が提言されている。その関係では、自主規制として行動規範を採用して遵守を宣言した企業が違反すれば、FTC法5条違反となる。しかし、その採用は現時点では任意のものであり、企業側に採用義務があるわけではない。
 
以上に示されているように、「消費者プライバシー権利章典」や上記FTC報告書が、現時点において法的拘束力を有しているものではないことに、注意すべきである。
 
結びに代えて
 
本稿で説明してきたことをまとめると、次のとおりとなる。
 
すなわち、合衆国の連邦における民間部門を対象とする個人情報保護法制は、個別法が存在する個別分野を除けば、各企業がポリシーを公表することによる自主規制を原則とするものである。
 
ポリシー違反はFTC法5条違反となり、FTCによる法的措置の対象となる。自主規制と、その実効性担保を、ポリシーをキーワードにして調和させようとした、きわめて興味深い法制度である。
 
しかし、連邦の場合も、あくまでも自主規制である以上、各企業はポリシーを策定すべき法的義務を負うものではない点に限界がある。セーフハーバーの仕組みは、合衆国の民間企業に対しポリシー公表に向けて一定のインセンティブを付与するとともに、EU域内からのデータ移転を円滑にするものである。
 
このような枠組みの下においては、対象となる企業が、プライバシーポリシーを公表していなければ、FTC法5条の発動は困難である。それが、民間部門を対象とする包括法を有しないことの特徴となっている。
 
この点が、かねてより合衆国のプライバシー保護団体等から批判されてきた。つまり、個人情報保護に関し自主規制ベースでは限界があるとして、立法化が求められてきたわけであるが、法規制を嫌って、これに抵抗する勢力も根強い。しかし、消費者によるプライバシー侵害訴訟が与える影響も、見過ごせないところである。
 
こうした中で合衆国政府は「消費者プライバシー権利章典」等によって、立法化を連邦議会に対し提唱するに至った。連邦議会が、今後、これに対しどのように対応するか、注目されるところである。
 
補足-日本法とポリシー
 
我が国の個人情報保護法制は、ポリシーについて明示規定を置いていない。「政府の基本方針」にはポリシーについて言及している部分があるが、それには拘束力はなく任意であり、違反に対するペナルティもない。
 
ただ、18条によって個人情報取得の際に利用目的が、24条1項によって保有個人データに関する一定事項が、公表等の対象とされているだけである。公表等を怠った場合には、主務大臣による法的措置の対象となる。
 
しかし、この公表等については、形骸化しているとの声も強く、透明性を図るために十分か、制度的な再検討が求められよう。
 
参 考
 
Federal Trade Commission Act (FTC法)
 
ホワイトハウス・政策大綱「ネットワーク化された世界における消費者データプライバシー」(原文)
 
FTC報告書「急速に変化する時代における消費者プライバシーの保護」(原文)
 
       (以上)

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2013年8月 9日 (金)

東京地判平成25年7月19日(エンジン写真事件)の解説2 (完)

前回に続いて、東京地判平成25年7月19日を解説する。
 
複製権及び公衆送信権の侵害の有無(争点1-5)
 
前述のとおり、本判決の事実認定によると、本件掲載写真は、本件写真から本件エンジンだけが切り出される態様でトリミングされており、背景の色が本件写真とは異なるものであった。そのため、本判決は、「本件写真と本件掲載写真を比較すると、本件掲載写真は本件写真を翻案したものというべきもの」であるとした。
 
その一方、本訴で原告は本件掲載写真について本件写真の複製権侵害を主張している。そこで、本判決は、「原告が複製権侵害を主張する対象は、後記著作者人格権侵害の場合と異なり、本件掲載写真の全部ではなく、そのうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)のみについての侵害を主張するものと解されるので、以下これを前提に検討する。」とした。
 
以上の前提の下で、次のとおり判示して、本判決は複製権の侵害を認めた。イレギュラーな判断である。
 
本件掲載写真は,本件掲載写真の態様のとおりの改変を加えられている部分を除けば,複製をするに際しての若干の色調の相違はあるものの,本件写真と実質的に同一と認められる。そうすると,被告による本件掲載写真の利用は,本件写真のうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)についての原告の複製権を侵害するものである。
 
さらに、「同様の理由で,被告がその運営するウェブサイトのウェブページに本件掲載写真を掲載して公衆に送信する行為は,本件写真のうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)についての原告の公衆送信権を侵害する。」とした。
 
公表権の侵害の有無(争点2-1)
 
本判決は「本件写真は,未公表の著作物であった……。被告は,その発行した本件書籍に本件掲載写真を掲載したから……,原告の公表権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
 
補助参加人は,本件写真が補助参加人のために撮影されたものであるなどとして,公表について,補助参加人の裁量に委ねることに同意した旨主張する。
しかしながら,本件写真が補助参加人のために撮影されたものであっても,その使用目的である「HONDA CB750Four FILE.」への掲載の範囲を超えて,原告がその公表を補助参加人の裁量に委ねたことにはならないから,原告が本件写真の公表に同意したとは認められないし,その他これを認めるに足りる証拠はない。したがって,補助参加人の主張を採用することはできない。
 
氏名表示権の侵害の有無(争点2-2)
 
本判決は「本件書籍には原告の氏名表示はなかったのであるから,原告の氏名表示権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
 
補助参加人は,本件写真は個性がほとんど発揮されることのない一部部品の写真にすぎないなどとして,原告の氏名表示がなくとも原告の利益を害しないし,公正な慣行に反するともいえないから,氏名表示の省略が認められる旨主張する。
しかしながら,本件書籍に本件写真を掲載するについて,氏名表示の必要性がないことや氏名を表示することが極めて不適切な場合であることを肯定する事情は見当たらないから,原告の利益を害するおそれがないとは認めらないし,公正な慣行に反しないとはいえない(なお,補助参加人発行の書籍では概ね氏名が表示されていることが認められる……。
 
同一性保持権の侵害の有無(争点2-3)
 
本判決は「本件写真と本件掲載写真とを比較すると,本件掲載写真は,本件掲載写真の態様の改変が加えられている。そして,原告本人尋問の結果に照らすと,上記改変は原告の意に反する改変であると認められるから,原告の同一性保持権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
 
補助参加人は,本件写真からエンジン部分(背景部分の一部を含む。)が切り出されているものの,本件写真はエンジンを説明するために撮影された写真なのであるから,エンジン部分を切り出して表示することは原告においても承諾していた旨主張する。しかしながら,このような承諾を認めるに足りる証拠はないし,「HONDA CB750Four FILE.」(甲1)において,本件写真と同時に撮影された丙10の写真から本件エンジン部分(背景部分の一部を含む。)だけが切り出されて掲載されていることをもって,原告が本件掲載写真の態様のような写真の掲載についても承諾したとまで推認することはできない。
また,補助参加人は,本件写真の性質,その利用の目的及び態様に照らし,本件写真の改変は,やむを得ないと認められる改変である旨主張する。しかしながら,本件写真の改変は,本件写真から本件エンジンだけを切り出しただけではなく,本件掲載写真の態様の改変を加えたものであって,やむを得ない改変であるとは認められない。
 
著作者人格権不行使の合意の有無(争点2-4)
 
補助参加人は、著作権の「買取り」とは、補助参加人従業員の管理下で撮影された写真を補助参加人がどのように利用しようと異議を申し立てないとの意であるから、著作者人格権を行使しないとの趣旨も当然に含まれる旨を主張した。
 
本判決は次のとおり判示して補助参加人の主張を退けた。
 
Dの供述では、原告に対する説明は撮影した写真の「買取り」にとどまり、具体的に著作権の譲渡について説明したものではない。また、Dは、著作者人格権の説明はしていない旨供述するから、たとえDが原告に対して「買取り」と説明していたとしても、それが著作者人格権を行使しない趣旨を含むものとは解されない。
 
被告の過失の有無(争点3)
 
本件では損害賠償が請求されていたため、被告の故意・過失が問題となった。
 
本判決は次のとおり判示して被告の過失を認めた。
 
他人の著作物を利用するには、その著作権者の許諾を得ることが必要であるから(著作権法63条1項・2項)、他人の著作物を利用しようとする者は、当該著作物に係る著作権の帰属等について調査・確認する義務があるというべきである。
被告は、本件写真を本件書籍や被告のウェブサイトのウェブページに掲載することにより、本件写真を利用しているのであるから、本件写真を利用するに当たり、本件写真に係る著作権の帰属等を調査・確認する義務があったと認められる。しかしながら、被告は、原告の許諾を得ることなく、本件写真を利用したのであるから、上記の調査・確認義務を怠った過失がある。
 
損害額(争点4)
 
著作権法114条2項の適用の可否
 
本件で原告は損害額につき著作権法114条2項の適用を主張したが、本判決は次のとおり判示して、この主張を退けた。
 
著作権法114条2項は、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を著作権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定であるから、著作権者に、侵害者による著作権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、同項の適用が認められると解すべきである。
これを本件についてみるに、原告は、職業写真家であるから、出版業を行っていないし、その他原告に被告による侵害行為がなかったならば本件掲載写真の出版による利益と同等の利益が得られたであろうという事情は見当たらないから、著作権法114条2項の適用は認められない。
これに対し、原告は、著作権法114条2項の適用について、著作権者の著作物の利用(販売)を要件としない旨主張する。
確かに、著作権法114条2項は、文言上、著作権者の著作物の利用を要件としていないから、著作物の利用が要件であるとは解されない。しかしながら、同項は、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を著作権者の損害額と推定する規定であるから、少なくともそのような推定を可能とする事情が必要であると解される。
また、補助参加人発行の「HONDA CB750Four FILE.」(甲1〔奥付記載の発行日は平成20年2月28日〕)には、原告が本件写真と同時に撮影した写真(丙10)が掲載されている。しかしながら、これは、本件写真に係る事情ではないし、被告の侵害行為よりも2年以上前の事情であることに照らすと、これをもって原告に被告による侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情に当たるとはいい難い。
 
ここでは、同項が適用されるためには、著作物の販売、利用を要するかという論点に付き、必要説が採用されたことになる。詳細は拙著『著作権法〔新訂版〕』490頁を参照されたい。
 
著作権法114条3項に基づく損害額について
 
本判決は次の点を考慮して本件写真の本件書籍に対する寄与率を5%と認めた。
 
本件掲載写真のうちのエンジン本体部分(背景部分及び説明部分等を除く。)は、本件書籍の本文13頁中の1頁に掲載され、その1頁においても主要部分を占めるが、被告のウェブサイトの「週刊 ホンダ CB750FOUR」シリーズの紹介ページにも掲載されていることに照らすと、本件書籍の本文における掲載割合以上の寄与があるといえる。しかしながら、本件書籍には、付録として「CB750FOUR」の模型のパーツとスタートアップDVDが付属しており、これらの付録も本件書籍の売上に寄与している。
 
次に、「著作権法114条3項に基づく損害額を算定するに当たり、本件写真の利用料率を検討するに、出版における著作物一般の利用料率に加え、本件書籍における本件写真の掲載態様等に鑑みると、本件では利用料率を15%と認めるのが相当である。そして、本件書籍の販売価格に、販売部数、寄与率及び利用料率を乗じて、損害額を算定すると、29万8757円となる。」とした。
 
(計算式)690円×5万7731部×5%(寄与率)×15%(利用料率)=29万8757円(1円未満切捨て)
 
その他の損害(著作者人格権侵害に係る慰謝料)
 
「被告の公表権、氏名表示権及び同一性保持権侵害の態様に鑑みると、20万円と認めるのが相当である。」とした。
 
 
参考-判決全文
 
東京地判平成25年7月19日

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2013年8月 8日 (木)

東京地判平成25年7月19日(エンジン写真事件)の解説1

はじめに
 
今回は、東京地判平成25年7月19日平成23(ワ)785を取り上げる。
 
写真の著作物に関する著作権侵害差止等請求事件である。争点は多岐にわたるが、この類型の紛争としては、オーソドックスなものといえよう。
 
事案の概要
 
本件は、職業写真家である原告が、出版社である被告に対し、本件写真の著作権が原告に帰属するのに、被告は、原告の承諾なく、本件書籍に本件写真を掲載し、原告の著作権(複製権、公衆送信権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害したなどと主張して、①損害賠償請求、②著作権法112条1項に基づく差止請求として、<ア>本件写真の複製、公衆送信又は改変の禁止、<イ>本件写真を複製した本件書籍の出版、販売又は頒布の禁止、③同法2項に基づく廃棄請求として、<ア>被告の運営するウェブサイト内のウェブページからの本件写真の削除、<イ>本件書籍の廃棄を求めた事案である。
 
本件掲載写真は、本件写真から本件エンジンだけが切り出される態様でトリミングされており、背景の色が本件写真とは異なるものであった。
 
被告補助参加人は、本件写真における、被写体の選択・配置、構図・カメラアングルの選択、ライティング・背景の決定等は、全て補助参加人が行っており、原告は、補助参加人の指示に従い、物理的な撮影行為を行ったのみであり、原告における創作性は認められないから、本件写真の著作者は補助参加人である等と主張した。
 
原告が本件写真の著作者(創作者)であるか(争点1-1)
 
本判決は、次のとおり述べて、原告が本件写真の著作者(創作者)であるとした。
 
原告は、写真専門学校を卒業後、建築、自動車関連の撮影アシスタント、スポーツ専門の写真撮影会社勤務等を経て、本件写真の撮影当時は、フリーランスの写真家として活動していたこと、原告は、本件写真を撮影する前に、本件エンジンの銀色を際立たせるために、それに適した黒色の背景を提案したこと、本件写真の撮影場所が狭かったため、本件写真の撮影には三脚を使用することができなかったこと、原告は、本件写真の撮影に際し、手動によりシャッタースピードと絞り、ホワイトバランス等の露出を調整したこと、原告は、本件写真を撮影する直前に、ライティングの濃度、本件エンジンの角度、陰影等を確認するために、本件エンジンを被写体として数枚写真を撮影したこと、その後、原告は、本件エンジンの位置を決め、ライティングを調整し、本件エンジンの側面に光を当てるなどの工夫を凝らした上で、ファインダー内において本件エンジンが上下左右四辺から等距離に来た瞬間を捉えて本件写真を撮影したことが認められる。
以上に照らすと、本件写真の撮影者である原告が本件写真を創作したと認めるのが相当である。
これに対し、補助参加人は、本件写真における、被写体の選択・配置、構図・カメラアングルの選択、ライティング・背景の決定等は、全て補助参加人が行っており、原告は、補助参加人の指示に従い、物理的な撮影行為を行ったのみである旨主張し、これに沿うBの陳述書(丙26)及び証人尋問における供述がある。
しかしながら、Bの供述によっても、Bが写真撮影について専門的な教育を受けたとは認められない。また、Bは、本件写真の撮影に際し、原告撮影の写真について、デジタルカメラのディスプレイで確認したと供述するものの、そのファインダーを覗くことはなかった旨供述するのであるから、そのようなBが原告に対して写真撮影の具体的な指示ができたとは容易に認められない。Bは、書籍の編集者としての立場から、読者が好む写真を作成するための希望を述べたものであって、それを超えて写真の創作的内容についての具体的指示をしたものと認めることはできない。
 

一般に、誰が著作者なのか争いがあるときは、14条・75条3項の推定規定によることができる。これらの推定規定の適用がない場合には、主として著作物の作成過程を事実認定することによって、かかる活動を誰が行ったのかを確定し、誰が著作者なのかを上記基準に照らして判断する(拙著『著作権法〔新訂版〕』118頁)。

本判決も、基本的に同様の手法によっているが、「Bが写真撮影について専門的な教育を受けたとは認められない」等として、作成能力を加味して判断しており、正当であろう。

 
本件写真の創作が職務著作に当たるか(争点1-2)
 
補助参加人は、原告が補助参加人の業務に従事する者であり、補助参加人のために本件写真を撮影し、また、本件写真は補助参加人名義のもとに公表するものであったから、本件写真の著作者は補助参加人である旨主張したので、職務著作に当たるか、争点となった。
 
まず、本判決は著作権法15条1項の制度趣旨を、次のとおり述べた。
 
著作権法15条1項は、法人等において、その業務に従事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し、これが法人等の名義で公表されるという実態があることに鑑みて、同項所定の著作物の著作者を法人等とする旨を規定したものである。
 
次に、「法人等の業務に従事する者」に該当するための一般論を、次のとおり判示した。
 
①法人等と雇用関係にある者がこれに当たることは明らかであるが、②雇用関係の存否が争われた場合には、同項の「法人等の業務に従事する者」に当たるか否かは、法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに、法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様、指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して、判断すべきものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第216号同15年4月11日第二小法廷判決・裁判集民事209号469頁参照)。
 
本件では①の雇用関係は認められないから、②本件写真の撮影当時において、原告が補助参加人の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、補助参加人が原告に対して支払った金銭が労務提供の対価であると評価できるかについて検討するとした。
 
次のような業務の態様や報酬の支払状況に照らすと、本件写真の撮影当時において、補助参加人が原告に対して支払った金銭が労務提供の対価であると評価することは困難であるとした。
 
原告は、平成16年頃から平成22年7月頃まで、補助参加人の依頼を受けて、写真撮影を行い、撮影した写真フィルムないしデータを納品したこと、撮影のためのデジタルカメラ、レンズ、ストロボ等は原告が自らの費用で準備していたこと、補助参加人は、原告に対し、交通費のほか、報酬(日当名目)として1日2万2000円(平成19年8頃からは2万5000円)を支払っていたこと、報酬の支払時期は、撮影した写真を掲載した書籍の発行後であり、実際の撮影日から4か月程度後であったこと、平成18年(本件写真が撮影された年)において、原告の補助参加人の依頼による撮影日数は108日であり、それによって得た報酬は237万6000円であったことが認められる。
以上のとおり、平成18年(本件写真が撮影された年)において、原告は、補助参加人からの依頼を受けて写真撮影の業務を行っていたものの、撮影機材は自ら準備し、写真撮影に当たっても自らの判断でその創作的内容を決定していたことが認められる。補助参加人は、原告に対し、報酬として1日2万2000円を支払っているが、その支払時期は、撮影した写真を掲載した書籍の発行後であり、原告の補助参加人の依頼による撮影日数は108日にすぎない。
 
この点については雇用関係がある場合に限らないと考える非限定説が多数説といえよう。詳細は拙著『著作権法〔新訂版〕』123頁参照。
 
本件写真に係る著作権の譲渡の有無(争点1-3)
 
補助参加人は、原告に対し、撮影された写真の著作権が全て補助参加人に帰属することを十分に説明し、原告はこれを了承していた旨主張したので、本件写真に係る著作権の譲渡の有無が争点となった。
 
本判決は、原告と補助参加人との間で、原告撮影の写真について、著作権の譲渡の合意があったとは認められないとした。
 
その理由として、著作権の譲渡について説明したものとはいい難いこと、補助参加人は、原告に対し、原告撮影の写真について、その複製物を第三者に交付することの承諾を求めているから、補助参加人は、原告撮影の写真について、その著作権が原告に帰属することを前提として行動していることがうかがえること、原告が写真の「買取り」や著作権の扱いについて説明がなかった旨を供述していることや、補助参加人が撮影者との間で著作権の譲渡について契約書を作成することが困難であった事情が見当たらないこと等を掲げている。
 
包括的利用許諾の合意の有無(争点1-4)
 
補助参加人は、補助参加人と原告との間で、原告撮影の写真について、以後他の書籍の内容に合わせて改変した上で掲載することを許諾する旨の、包括的利用許諾の合意があった旨主張したので、その有無が争点となった。
 
本判決は、包括的利用許諾の合意があったとは認められないとした。
 
        (続く)

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2013年8月 6日 (火)

プライバシー権侵害の成立に個人識別性を要するとした判例

はじめに
 
情報を公表する行為によってプライバシー権侵害が成立するためには、対象情報について個人識別性が必要か。仮に必要とした場合、公表者(情報の提供元)を基準とすべきか、それとも当該情報受領者(情報の提供先)を基準とすべきか。これらの点に言及した判例が少数ながら存在するので、紹介しておきたい。
 
東京地判平成24年8月6日
 
比較的近時のものとして、東京地判平成24年8月6日平24(ワ)6974号(ウエストロー・ジャパン文献番号2012WLJPCA08068006)がある。
 
本件は、プロバイダ責任制限法4条1項に基づく発信者情報開示請求事件である。
 
原告は、ネット掲示板への書き込みによってプライバシー権を侵害されたと主張し、当該書き込みに用いられた経由プロバイダ(携帯電話会社)を被告として、当該書き込みを行った発信者にかかる発信者情報開示請求を行った。
 
本件投稿によって、原告がオカマバー「b」にニューハーフの「B」として勤務していたという情報を公開したものと認められるか否か(原告のプライバシー権の侵害の有無)が争点となり、本判決は、次のとおり述べた。
 
インターネット上の掲示板に投稿された情報が,他人のプライバシー権を侵害するものであるか否かは,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準として判断するのが相当であるところ,本件投稿は,原告の名字である「甲山」(レス番号141)と原告の名前の一部である「X~」(レス番号146,193,226)あるいは「X○~」(レス番号272)が分割されて投稿されており,各投稿が近接しているわけでもない上,「X~」あるいは「X○~」という記載のみでは,それが名前の一部であるかどうかも明らかではないから,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において,「甲山X雄」という原告の氏名を認識することは困難であるといわざるを得ない。
 
よって,本件投稿は,原告が「b」で「B」として勤務していたという情報を公開したものということはできない。
 
本判決は、以上の点を理由に、本件投稿によって、そもそも原告のプライバシー権が侵害されたと認めることはできないとして、原告の請求を棄却したが、そのポイントは、「一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において,『甲山X雄』という原告の氏名を認識することは困難である」という部分である。
 
これをさらに分析すると、
 
1.プライバシー権侵害が成立するためには、被害者(本人)たる原告の氏名を認識することができなければならない。
 
2.上記1は、一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において、認識しうるものでなければならない。
 
という考え方に立っていることが分かる。
 
換言すると、公表者(情報提供元)を基準とするのではなく、当該情報提供先となる一般の閲覧者を基準に、被害者たる原告の氏名を認識することができる場合でなければならないとしたものである。
 
本判決は、氏名を問題としているが、掲示板への書き込みという性格を踏まえたものであろう。本判決は、「インターネット上の掲示板に投稿された情報」と注意深く明記して、それを対象とする場合についてのものであることを明らかにしている。顔写真等がアップロードされ、それによって認識(識別)しうるような場合を、氏名がないからといって排斥する趣旨ではないものと思われる。
 
ちなみに、最判平成9年5月27日判時1606号41頁は、名誉毀損における「社会的評価の低下」の判断基準について、「一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべき」であるとしている。前記2は、プライバシー権について、それと類似の判断基準を採用するものといえよう。
 
新潟地判平成18年5月11日(防衛庁リスト事件)
 
さらに遡ると、類似の点について判示したものとして、新潟地判平成18年5月11日判時1955号88頁(防衛庁リスト事件)がある。
 
本判決は、次のように説いている。
 
プライバシー等が侵害されたというためには「個人情報が個人識別性を有することが必要である。」「当該個人情報の開示によりプライバシーが侵害されたか否かが問題となる場面における個人識別性については,当該情報のみで識別できる場合に限らず,一般人が特別な調査を要せずに容易に入手し得る他の情報と照合することにより当該個人を識別できる場合も,これを肯定するのが相当である。」
 
本判決は個人識別性を要件としており、さらに具体的には、被開示者たる一般人を基準として照合容易性について説く点に特色がある。
 
名古屋地判平成17年1月21日判時1893号75頁(成りすまし投稿事件)
 
これまで述べてきた事件とは、やや異質であるが、原告代表者本人であるかのような投稿者名を冒用して電子掲示板に書き込みがなされたことによる原告の名誉、信用、プライバシー権及び人格権の侵害の有無が主要な争点となった事件がある。
 
本判決は、「他人の名義を冒用した表現行為がなされた場合、当該表現行為上に表れた名義人(被冒用者)が当該表現行為の主体であると誤認されることとなる結果、名義人(被冒用者)の名誉、信用、プライバシー権及び人格権が侵害されることはあり得るところである。」とした上、次のとおり説いて侵害の成立を認めなかった。
 
 しかしながら、他人の名義を冒用した表現行為によって名義人(被冒用者)の名誉、信用、プライバシー権及び人格権が侵害されたというためには、少なくとも、通常の判断能力を有する一般人が、当該表現行為の主体と名義人(被冒用者)とが同一人物であると誤認し得る程度のものであることを必要とする
 
取得者の下における再識別化
 
近時は、いったん匿名化など非識別化された情報が、他事業者の下で他の情報と連結されることによって再識別化されることが懸念されている。
 
これらの判例法理によれば、取得者の下で再識別化された時点から、プライバシー権の対象情報となることになろう。 
 
個人情報保護法についても、経産分野ガイドライン3頁は、取得時に識別性を有しない情報であっても、新たな情報が付加され、または容易な照合が可能となった結果、識別性が具備されるに至った場合には、その時点から個人情報となるとしている。したがって、その時点から個人情報保護法の適用が認められることになろう。この点で、再識別化対策について、現状では原則的に自主規制で行かざるをえない合衆国の場合と大きく異なっている。
 
おわりに
 
プライバシー権の侵害が成立するための要件として識別性の要否が問題となった判例は、さしあたり、筆者が探した限りでは、これら以外には発見することができなかったが、他に存在する可能性がある。
 
公表との関係では、例えば「都内に住む某中年男が、昨夜、性病に罹患したとして大学病院に通院した」と掲示板に書き込んだ場合、性病への罹患、通院治療という事実が一般の人なら公表を欲しない事項であっても、それだけでは誰のことなのか全く判然としないとき(識別性がないとき)は、その限度ではプライバシー権侵害であると評価できないのも当然であろう。それは、書き込んだ者が、それが誰であるか知っていたかどうかを問わない。その意味で、公表する際に、「一般の読者」における個人識別性を要件としたことには、一般論としては、少なくとも常識的に理解しやすい面がある。
 
これらの判例の考え方に対しては、異論もあり得ようし、さらなる検討作業が必要であるが、最近ではプライバシー権を重視する立場や、プライバシー権の考え方を重視して個人情報保護法を解釈していこうとする立場が有力である。個人情報保護法について過剰反応が生じる一方、新たな技術等の進展の中で保護されるべき情報に保護が及ばないという、ちぐはぐな状態が生じているからである。
 
その場合には、現行のプライバシー権に関する判例理論の正確な把握が不可欠となる。立法論を展開する場合にも、そのペースとなる判例理論の理解が、前提として重要であることはいうまでもなかろう。
 
とはいえ、これに対し、取得との関係では、さらに検討を要する。また、ドッグイヤーという言葉すら陳腐となるほど早い、新たな技術の進展は、これまで想定していなかったようなケースを惹起しており、常に見直しが必要であるから、固定的に考えるべきでもないことも当然であることを付け加えておきたい。

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2013年8月 4日 (日)

大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)3(完)

前々回、前回に引き続いて、ロケットニュース24事件判決を解説する。
 
名誉毀損の成否
 
名誉毀損の主張に対し、本判決は、次の一般論を述べた上、被告の表現は人身攻撃にまで及んでいるとはいえず、本件動画の内容や撮影場所なども考慮すれば,意見ないし論評の域を逸脱しているとはいえず、他の違法性阻却の要件も満たしているとして、その成立を否定した。
 
ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損においては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,その行為は違法性を欠くと解される(最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決・民集41巻3号490頁,最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁参照)。
 
本件コメント欄記載削除義務の有無
 
本件では被告のニュースサイトにコメント欄が設けられており、コメントの記載削除義務の有無も問題となった。
本判決は、この点についても、次のとおり判示して、これを認めなかった。
 
本件記事及び本件動画の掲載が原告の名誉を違法に毀損するものといえないことは前記4で論じたとおりであり,原告の主張はその前提を欠くものであるが,この点を措いて考えたとしても,そもそも本件記事は原告の実名に言及しておらず,本件コメント欄記載も原告の変名に触れるものこそあれ,その実名に触れるものはない。本件記事及び本件コメント欄記載と一体性のある体裁で本件動画(原告の容貌及び実名を含む。)へのリンクが貼られていた当初においては,本件コメント欄記載が原告に係る書き込みであることを一般読者が理解することはできたといえるが,前記2記載のとおり,被告は,平成23年6月27日に原告から抗議を受けると,直ちに本件ウェブサイトにおける本件動画へのリンクを削除し,その結果として,本件コメント欄記載が原告に係るものであることを特定できないようにしている。つまり,被告は,本件コメント欄記載によって原告の社会的評価が低下することを防止するための対応を適時にとっており,さらに加えて,本件コメント欄記載を全て削除する義務まで負うものではなく,同義務違反もないといえる。
 
また,仮に本件コメント欄記載で触れられている原告の変名により,本件動画へのリンクの削除後も原告を特定できる余地があるとしても,本件コメント欄記載のコメント数は20ほどで,その内容は一様でなく,明らかに原告の名誉を毀損しないものを含む一方,本件コメント欄記載の前提となっている本件動画やその撮影に係る原告の行動に照らせば,原告の名誉を違法に侵害することが明白とまでいえるものを含むとは認められない。しかも,本件コメント欄記載の各コメントはそれぞれ独立していて,個別に削除することは可能であり,被告も原告が削除を求めるコメントを具体的に特定すれば削除を検討するとの意向を示している(平成25年1月18日第6回弁論準備手続期日)にもかかわらず,原告はそのような具体的特定をしようとしない。このような事情からすれば,やはり本件ウェブサイトを運営管理する被告において,本件コメント欄記載を削除すべき義務を負う状況にあるとはいえない。
 
肖像権侵害の有無
 
原告は,本件動画及び本件記事を本件ウェブサイトに掲載したことは,原告の肖像権を違法に侵害し,不法行為が成立する旨主張した。
 
しかし、本件記事のような言語表現によって肖像権が侵害されることは想定できないため、本判決は、本件動画へリンクを貼ったことが原告の肖像権を侵害するかについて検討すしている。非常に珍しい判示である。
 
本判決は、次のとおり判示して、肖像権侵害を認めなかった。
 
被告は,本件動画を公表したわけではなく,既に何者かによって「ニコニコ動画」にアップロードされ,公表されていた本件動画へリンクを貼ったにとどまるのであって,しかも本件動画は,肖像権者である原告の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることがその内容や体裁上明らかではない映像であり,少なくとも,そのような映像にリンクを貼ることが直ちに肖像権を違法に侵害するとは言い難い。そして,被告は,前記判断の基礎となる事実記載のとおり,本件ウェブサイト上で本件動画を視聴可能としたことにつき,原告から抗議を受けた時点で直ちに本件動画へのリンクを削除している。
 このような事情に照らせば,被告が本件ウェブサイト上で本件動画へリンクを貼ったことが,原告の肖像権を違法に侵害したとはいえないし,第三者による肖像権侵害につき故意又は過失があったともいえず,不法行為が成立するとは認められない。

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大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)2

前回に引き続いて、ロケットニュース24事件判決を解説する。
 
著作者人格権たる公表権侵害について
 
原告は,本件動画の公開が,著作者人格権である公表権(法18条)の侵害に当たると主張した。
 
本判決は、次のとおり、本件動画が公表著作物であることを理由に、これを認めなかった。
 
原告は,被告による本件動画へのリンクに先立ち,本件生放送をライブストリーミング配信しており,しかも原告の配信動画の視聴者数については,「常時400人以上であり,特に企画番組は人気で,この日は数千人の視聴者を超え」(訴状)ていたとされる。そうすると,著作者である原告自身が,本件生放送を公衆送信(法2条1項7号の2)の方法で公衆に提示し,公表(法4条1項)したのであるから,本件生放送の一部にあたる本件動画について,公表権侵害は成立しない。
 
著作者人格権たる氏名表示権について
 
原告は,本件動画の「公衆への提供若しくは提示」に際し,原告の変名である「P2」を無断で使用し,原告の氏名表示権を侵害した不法行為が成立する旨主張した。
 
本判決は、この点についても、次のとおり、これを認めなかった。
 
本件記事自体に原告の実名,変名の表示はなく,本件ウェブサイトに表示された本件動画のタイトル部分に被告の変名が含まれていたに過ぎない(甲1)が,前記2記載のとおり,被告は,本件動画へのリンクを貼ったにとどまり,自動公衆送信などの方法で「公衆への提供若しくは提示」(法19条)をしたとはいえないのであるから,氏名表示権侵害の前提を欠いている。
 
また,原告自身,本件生放送において,原告自身の容貌を中心に撮影した動画を配信し,原告の実名をも述べていることに加え,「ニコニコ生放送」で本件生放送やその他の動画を配信する際にも「P2」の変名を表示していたことがうかがわれる(甲1,3,4,乙1,弁論の全趣旨)のであるから,上記「公衆への提供若しくは提示」を欠くことを措いて考えたとしても,本件ウェブサイト上の上記表示が原告の氏名表示権の侵害になるとは認められない。
 
著作者人格権侵害に関するまとめ
 
本判決は、被告は公衆送信の主体でないこと等を理由に、被告には公表権や氏名表示権の侵害成立は認められないとする。
 
参 考
 
 
→ 大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)3(完)
 

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2013年8月 3日 (土)

大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)1

事案の概要
 
大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)は、動画投稿サイト(ニコニコ生放送)に原告が投稿した動画について、被告(ネットニュースサイト)が埋め込み型リンクを張ったことが、公衆送信権侵害に該当するかどうか等が、争われた著作権事件である(請求棄却)。
 
投稿動画の著作物性
 
次のとおり判示して、映画の著作物に該当するとした。
 
なお、本件動画はニコニコ生放送へのライブストリーミング配信であったが、配信後もその内容を視聴することができ、本件生放送は、その配信と同時にニワンゴのサーバに保存され,その後視聴可能な状態に置かれたものと認められることを理由に、「固定」されたものといえる(法2条3項)」としたことに注意されたい。
 
本件動画(その前提となる本件生放送を含む。)は,原告が上半身に着衣をせず飲食店に入店し,店員らとやり取りするといった特異な状況を対象に,主として原告の顔面を中心に据えるという特徴的なアングルで撮影された音声付動画であって(甲3,4),一定の創作性が認められる。
 
また,前記判断の基礎となる事実記載のとおり,原告が利用したニコニコ生放送には,タイムシフト機能と称するサービスがあり,ライブストリーミング配信後もその内容を視聴することができたとされるから,本件生放送は,その配信と同時にニワンゴのサーバに保存され,その後視聴可能な状態に置かれたものと認められ,「固定」されたものといえる(法2条3項)。
 
したがって,本件生放送の一部である本件動画は,「映画の著作物」(法10条1項7号)に該当し,その著作者は原告と認められる。
 
公衆送信権侵害の有無
 
本件では、「被告において、本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックすると、本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態にしたことが、本件動画の「送信可能化」(法2条1項9号の5)に当たり、公衆送信権侵害による不法行為が成立する」と、原告は主張した。
 
しかし、本判決は、被告は本件動画へのリンクを張ったにとどまるとして、この主張を認めなかった。リンクを張った場合における公衆送信行為の主体は、リンク元(被告=ロケットニュース24)ではなく、リンク先(ニコニコ動画)であるとしたのである。
 
被告は,「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画の引用タグ又はURLを本件ウェブサイトの編集画面に入力することで,本件動画へのリンクを貼ったにとどまる。
 
この場合,本件動画のデータは,本件ウェブサイトのサーバに保存されたわけではなく,本件ウェブサイトの閲覧者が,本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックした場合も,本件ウェブサイトのサーバを経ずに,「ニコニコ動画」のサーバから,直接閲覧者へ送信されたものといえる。
 
すなわち,閲覧者の端末上では,リンク元である本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態に置かれていたとはいえ,本件動画のデータを端末に送信する主体はあくまで「ニコニコ動画」の管理者であり,被告がこれを送信していたわけではない。したがって,本件ウェブサイトを運営管理する被告が,本件動画を「自動公衆送信」をした(法2条1項9号の4),あるいはその準備段階の行為である「送信可能化」(法2条1項9号の5)をしたとは認められない。
 
幇助による不法行為の成否
 
本件における原告の主張は、「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画にリンクを貼ることで,公衆送信権侵害の幇助による不法行為が成立する旨の主張と見る余地もある。 」として、本判決は検討した上、これについても認めなかった。
 
 「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画は,著作権者の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることが,その内容や体裁上明らかではない著作物であり,少なくとも,このような著作物にリンクを貼ることが直ちに違法になるとは言い難い。そして,被告は,前記判断の基礎となる事実記載のとおり,本件ウェブサイト上で本件動画を視聴可能としたことにつき,原告から抗議を受けた時点,すなわち,「ニコニコ動画」への本件動画のアップロードが著作権者である原告の許諾なしに行われたことを認識し得た時点で直ちに本件動画へのリンクを削除している。
 
このような事情に照らせば,被告が本件ウェブサイト上で本件動画へリンクを貼ったことは,原告の著作権を侵害するものとはいえないし,第三者による著作権侵害につき,これを違法に幇助したものでもなく,故意又は過失があったともいえないから,不法行為は成立しない。
 
著作者人格権(公表権,氏名表示権)侵害
 
原告は著作者人格権(公表権,氏名表示権)侵害も主張しているが、これについては改めて説明する。
 
→ 大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)2
 http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/2013/08/2562023152452-1.html

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