カテゴリー「訴訟」の記事

2013年12月12日 (木)

舞台降板事件訴訟と人格権

あるタレントさんが舞台の練習参加を拒んで降板した事件(正確には舞台そのものがボツになった事件)が、舞台製作者側との裁判紛争に発展して、メディアで話題となっている。
 
第三者が出版した自伝をベースに作られた脚本が、当該第三者の意向を無視していることが、降板した理由として主張されているようだ。
 
その期日で裁判長が「原作、原案というより、モデルの人格権に関わる。」という言葉を述べたとして、「人格権」の意味がメディアでさらに憶測を呼んでいる。
 
脚本も原作も拝見していないので、現時点で正確な判断は困難である。そのため、以下、このような類型の事件についての、あくまでも「人格権」に関する一般論にとどまるが、メモとして残しておきたい。
 
原作の創作的表現について本質的特徴を直接感得しうるなら(江差追分事件最高裁判例が提示した基準)、脚本化は、著作者人格権のひとつである同一性保持権侵害に該当しうる。これも一応は立派な人格権である。
 
ちなみに、「原作、原案」という区分は、アイデアは著作権法の保護範囲外という趣旨をいいたいのであろうが、用語として裁判実務では一般的ではない。創作的表現を対象に、上述した感得性の有無によって決せられる。
 
さらには著作権法113条6項の、みなし著作者人格権侵害に該当する可能性もある。こちらは「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」が対象となる。芸術的な裸婦像をストリップ劇場の看板に流用するようなケースが典型例である。
 
その一方、人格権の代表とも言うべきプライバシーについては、前記第三者本人が既に著書として出版しており、その限度では公知性があるから、純然たるプライバシーの問題とはとらえにくい。
 
しかし、脚本をモデル小説になぞらえれば、原著に記載されていない内容を無断で脚本に入れた場合にはプライバシーの問題が、脚本で虚偽を織り交ぜたような場合には名誉毀損が成立する余地がある。
 
でもそれだけではない。客寄せパンダとして著作者名を無断利用するのなら、最高裁がピンクレディー事件で認めたパブリシティ権の問題ともなりうる。これを最高裁は人格権たる肖像権の一種と位置付けている。この辺りの領域は深い判例理論の知識がなければならない。最近の保護法改正論でも、プライバシー重視を主張するというなら、もっと判例理論をきっちり理解していなければならない。
 
いずれにしても、本件では問題となった原作だけでなく、脚本を見なければ正確な判断は難しい。以上が、純然たる一般論にとどまるゆえんである。

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2013年10月25日 (金)

プライバシー情報の公表と識別性-「石に泳ぐ魚」事件再考

はじめに
 
ある情報の公表がプライバシー権の侵害を構成するためには、当該情報が特定個人を識別しうるものであるという性格(個人識別性)を有していなければならないか。この点が問題となったものとして、「石に泳ぐ魚」事件がある。
 
本件は、モデル小説「石に泳ぐ魚」(本件小説)について、名誉毀損とプライバシー権侵害を理由に損害賠償等を請求した事案であった。本件小説はXについて実名ではなく仮名(本稿では「PQ」と別仮名で以下表記する。)を使ったため、Xという特定個人を識別(同定)できるか否かが争点の一つとなった。
 
1審判決
 
1審判決(東京地判平成11年6月22日判時1691号91頁)は、「本件小説の不特定多数の読者が『PQ』とXとを同定し得る……から、本件小説中に、『PQ』について、Xがみだりに公開されることを欲せず、それが公開された場合にXが精神的苦痛を受ける性質の未だ広く公開されていない私生活上の事実が記述されている場合には、本件小説の公表はXのプライバシーを侵害する」とした。
 
控訴審判決
 
控訴審判決(東京高判平成13年2月15日判時1741号68頁)も、「Xの属性からすると、芸大の多くの学生やXが日常的に接する人々のみならず、Xの幼いころからの知人らにとっても、本件小説中の『PQ』をXと同定することは容易なことである。したがって、本件小説中の『PQ』とXとの同定可能性が肯定される。」とした上、「『PQ』とXとを同定することができるから、本件小説中の『PQ』に係る記述中に、Xがみだりに公開されることを欲せず、それが公開されるとXに精神的苦痛を与える性質の私生活上の事実が記述されている場合には、本件小説の発表はXのプライバシーを侵害する」とした。
 
本件で、Yらは、「特定の表現がどの範囲の者に対して公表されることを要するかという『表現の公然性』の要件としては、発表が不特定多数を前提にした公のものであることのほか、その不特定多数の読者がそこで知り得た情報を理解し得る予備知識を持ち得ていることが必要であるとした上、Xは一介の無名の留学生であって、不特定多数の読者が本件小説中の『PQ』とXとを同定することはできないから、本件小説がXのプライバシー等を侵害することはあり得ない」と主張した。
 
本判決は、次のとおり判示して、この主張を退けた。
 
「表現の対象となったある事実を知らない者には当該表現から誰を指すのか不明であっても、その事実を知る者が多数おり、その者らにとって、当該表現が誰を指すのかが明らかであれば、それで公然性の要件は充足されている。それに、本件のように小説によるプライバシーの侵害が問題となる場合、小説の読者でなくとも、ある者が小説のモデルとされたこと自体が伝播し、その被害が拡大していくことは見やすい道理である。その場合に、モデルが著名人であれば、モデルを知る者が多数いることから被害が拡大する。これに対し、モデルが著名人でない場合でも、モデルとされたこと自体は多数の者に伝播されていることに変わりはない。そのような伝播によって、モデルと目される人物について、好奇の眼をもって見ようとする者が増えており、モデルの特徴を備えた人物がそのような者の前に現われれば、その人物は好奇の眼にさらされるのである。このように、本件において、本件小説の読者となる者の多くが『PQ』とXとを同定できないから、プライバシーを侵害することはないなどということはできないのである。」
 
「したがって、ある者のプライバシーに係る事実が不特定多数の者が知り得る状態に置かれれば、それで公然性の要件は充たされる。前記のとおり、本件小説は、X《…》によって単行本としてその出版が予定されているというのであるから、『PQ』とXとを同定し得る読者の多寡に関わらず、プライバシーの侵害が肯認される。」
 
上告審判決
 
上告審判決(最判平成14年9月24日判時1802号60頁)は原判決を支持している。識別(同定)については特に触れていないが、それは上告審において特段の争点とならなかったからである。
 
結びに代えて
 
本件ではXという特定個人を識別(同定)し得るか否かという点が大きな争点とされていることからすれば、それを識別(同定)できない場合には、プライバシー権侵害は不成立となると考えられていたと思われる。
 
不特定多数を要件とすべきかについては、さらに留保を要する。甲が乙に丙の病歴を告げたことが原因で、乙が丙との婚約を破棄したような場合に、わずか一人に告げたものに過ぎないとしても、甲に丙に対するプライバシー権侵害が成立すると考える余地もあるからである。とはいえ、誰の情報なのかXという特定個人を識別(本件にいう同定)されるものであることを要するとすることと、どの範囲の者に識別(同定)される必要があるのかという点は、分けて考えることができる問題である。本件では、出版の差止めが問題となっており、また、識別しうる者の範囲が損害賠償額にも影響することを指摘しておきたい。
 
個人情報保護法は、個人情報の不適正な取扱いによって特定個人の権利利益が侵害されることを未然防止することを目的としているが、そこにいう権利利益の主要なものはプライバシー権であると考えられている。したがって、同法の解釈にあたっては、プライバシー権に関する解釈と、できる限り統一が図られる必要があろう。さらに、最近ではパーソナルデータについて、プライバシー権との関連を重視して考える傾向がある。その際にも、かかる判例理論は重要な示唆を与えるものと思われる。
 

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2013年8月 9日 (金)

東京地判平成25年7月19日(エンジン写真事件)の解説2 (完)

前回に続いて、東京地判平成25年7月19日を解説する。
 
複製権及び公衆送信権の侵害の有無(争点1-5)
 
前述のとおり、本判決の事実認定によると、本件掲載写真は、本件写真から本件エンジンだけが切り出される態様でトリミングされており、背景の色が本件写真とは異なるものであった。そのため、本判決は、「本件写真と本件掲載写真を比較すると、本件掲載写真は本件写真を翻案したものというべきもの」であるとした。
 
その一方、本訴で原告は本件掲載写真について本件写真の複製権侵害を主張している。そこで、本判決は、「原告が複製権侵害を主張する対象は、後記著作者人格権侵害の場合と異なり、本件掲載写真の全部ではなく、そのうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)のみについての侵害を主張するものと解されるので、以下これを前提に検討する。」とした。
 
以上の前提の下で、次のとおり判示して、本判決は複製権の侵害を認めた。イレギュラーな判断である。
 
本件掲載写真は,本件掲載写真の態様のとおりの改変を加えられている部分を除けば,複製をするに際しての若干の色調の相違はあるものの,本件写真と実質的に同一と認められる。そうすると,被告による本件掲載写真の利用は,本件写真のうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)についての原告の複製権を侵害するものである。
 
さらに、「同様の理由で,被告がその運営するウェブサイトのウェブページに本件掲載写真を掲載して公衆に送信する行為は,本件写真のうちの本件エンジン本体撮影部分(背景部分及び説明部分等を除く。)についての原告の公衆送信権を侵害する。」とした。
 
公表権の侵害の有無(争点2-1)
 
本判決は「本件写真は,未公表の著作物であった……。被告は,その発行した本件書籍に本件掲載写真を掲載したから……,原告の公表権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
 
補助参加人は,本件写真が補助参加人のために撮影されたものであるなどとして,公表について,補助参加人の裁量に委ねることに同意した旨主張する。
しかしながら,本件写真が補助参加人のために撮影されたものであっても,その使用目的である「HONDA CB750Four FILE.」への掲載の範囲を超えて,原告がその公表を補助参加人の裁量に委ねたことにはならないから,原告が本件写真の公表に同意したとは認められないし,その他これを認めるに足りる証拠はない。したがって,補助参加人の主張を採用することはできない。
 
氏名表示権の侵害の有無(争点2-2)
 
本判決は「本件書籍には原告の氏名表示はなかったのであるから,原告の氏名表示権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
 
補助参加人は,本件写真は個性がほとんど発揮されることのない一部部品の写真にすぎないなどとして,原告の氏名表示がなくとも原告の利益を害しないし,公正な慣行に反するともいえないから,氏名表示の省略が認められる旨主張する。
しかしながら,本件書籍に本件写真を掲載するについて,氏名表示の必要性がないことや氏名を表示することが極めて不適切な場合であることを肯定する事情は見当たらないから,原告の利益を害するおそれがないとは認めらないし,公正な慣行に反しないとはいえない(なお,補助参加人発行の書籍では概ね氏名が表示されていることが認められる……。
 
同一性保持権の侵害の有無(争点2-3)
 
本判決は「本件写真と本件掲載写真とを比較すると,本件掲載写真は,本件掲載写真の態様の改変が加えられている。そして,原告本人尋問の結果に照らすと,上記改変は原告の意に反する改変であると認められるから,原告の同一性保持権を侵害する。」とした上、 次のとおり、補助参加人の主張を退けた。
 
補助参加人は,本件写真からエンジン部分(背景部分の一部を含む。)が切り出されているものの,本件写真はエンジンを説明するために撮影された写真なのであるから,エンジン部分を切り出して表示することは原告においても承諾していた旨主張する。しかしながら,このような承諾を認めるに足りる証拠はないし,「HONDA CB750Four FILE.」(甲1)において,本件写真と同時に撮影された丙10の写真から本件エンジン部分(背景部分の一部を含む。)だけが切り出されて掲載されていることをもって,原告が本件掲載写真の態様のような写真の掲載についても承諾したとまで推認することはできない。
また,補助参加人は,本件写真の性質,その利用の目的及び態様に照らし,本件写真の改変は,やむを得ないと認められる改変である旨主張する。しかしながら,本件写真の改変は,本件写真から本件エンジンだけを切り出しただけではなく,本件掲載写真の態様の改変を加えたものであって,やむを得ない改変であるとは認められない。
 
著作者人格権不行使の合意の有無(争点2-4)
 
補助参加人は、著作権の「買取り」とは、補助参加人従業員の管理下で撮影された写真を補助参加人がどのように利用しようと異議を申し立てないとの意であるから、著作者人格権を行使しないとの趣旨も当然に含まれる旨を主張した。
 
本判決は次のとおり判示して補助参加人の主張を退けた。
 
Dの供述では、原告に対する説明は撮影した写真の「買取り」にとどまり、具体的に著作権の譲渡について説明したものではない。また、Dは、著作者人格権の説明はしていない旨供述するから、たとえDが原告に対して「買取り」と説明していたとしても、それが著作者人格権を行使しない趣旨を含むものとは解されない。
 
被告の過失の有無(争点3)
 
本件では損害賠償が請求されていたため、被告の故意・過失が問題となった。
 
本判決は次のとおり判示して被告の過失を認めた。
 
他人の著作物を利用するには、その著作権者の許諾を得ることが必要であるから(著作権法63条1項・2項)、他人の著作物を利用しようとする者は、当該著作物に係る著作権の帰属等について調査・確認する義務があるというべきである。
被告は、本件写真を本件書籍や被告のウェブサイトのウェブページに掲載することにより、本件写真を利用しているのであるから、本件写真を利用するに当たり、本件写真に係る著作権の帰属等を調査・確認する義務があったと認められる。しかしながら、被告は、原告の許諾を得ることなく、本件写真を利用したのであるから、上記の調査・確認義務を怠った過失がある。
 
損害額(争点4)
 
著作権法114条2項の適用の可否
 
本件で原告は損害額につき著作権法114条2項の適用を主張したが、本判決は次のとおり判示して、この主張を退けた。
 
著作権法114条2項は、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を著作権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定であるから、著作権者に、侵害者による著作権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、同項の適用が認められると解すべきである。
これを本件についてみるに、原告は、職業写真家であるから、出版業を行っていないし、その他原告に被告による侵害行為がなかったならば本件掲載写真の出版による利益と同等の利益が得られたであろうという事情は見当たらないから、著作権法114条2項の適用は認められない。
これに対し、原告は、著作権法114条2項の適用について、著作権者の著作物の利用(販売)を要件としない旨主張する。
確かに、著作権法114条2項は、文言上、著作権者の著作物の利用を要件としていないから、著作物の利用が要件であるとは解されない。しかしながら、同項は、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を著作権者の損害額と推定する規定であるから、少なくともそのような推定を可能とする事情が必要であると解される。
また、補助参加人発行の「HONDA CB750Four FILE.」(甲1〔奥付記載の発行日は平成20年2月28日〕)には、原告が本件写真と同時に撮影した写真(丙10)が掲載されている。しかしながら、これは、本件写真に係る事情ではないし、被告の侵害行為よりも2年以上前の事情であることに照らすと、これをもって原告に被告による侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情に当たるとはいい難い。
 
ここでは、同項が適用されるためには、著作物の販売、利用を要するかという論点に付き、必要説が採用されたことになる。詳細は拙著『著作権法〔新訂版〕』490頁を参照されたい。
 
著作権法114条3項に基づく損害額について
 
本判決は次の点を考慮して本件写真の本件書籍に対する寄与率を5%と認めた。
 
本件掲載写真のうちのエンジン本体部分(背景部分及び説明部分等を除く。)は、本件書籍の本文13頁中の1頁に掲載され、その1頁においても主要部分を占めるが、被告のウェブサイトの「週刊 ホンダ CB750FOUR」シリーズの紹介ページにも掲載されていることに照らすと、本件書籍の本文における掲載割合以上の寄与があるといえる。しかしながら、本件書籍には、付録として「CB750FOUR」の模型のパーツとスタートアップDVDが付属しており、これらの付録も本件書籍の売上に寄与している。
 
次に、「著作権法114条3項に基づく損害額を算定するに当たり、本件写真の利用料率を検討するに、出版における著作物一般の利用料率に加え、本件書籍における本件写真の掲載態様等に鑑みると、本件では利用料率を15%と認めるのが相当である。そして、本件書籍の販売価格に、販売部数、寄与率及び利用料率を乗じて、損害額を算定すると、29万8757円となる。」とした。
 
(計算式)690円×5万7731部×5%(寄与率)×15%(利用料率)=29万8757円(1円未満切捨て)
 
その他の損害(著作者人格権侵害に係る慰謝料)
 
「被告の公表権、氏名表示権及び同一性保持権侵害の態様に鑑みると、20万円と認めるのが相当である。」とした。
 
 
参考-判決全文
 
東京地判平成25年7月19日

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2013年8月 8日 (木)

東京地判平成25年7月19日(エンジン写真事件)の解説1

はじめに
 
今回は、東京地判平成25年7月19日平成23(ワ)785を取り上げる。
 
写真の著作物に関する著作権侵害差止等請求事件である。争点は多岐にわたるが、この類型の紛争としては、オーソドックスなものといえよう。
 
事案の概要
 
本件は、職業写真家である原告が、出版社である被告に対し、本件写真の著作権が原告に帰属するのに、被告は、原告の承諾なく、本件書籍に本件写真を掲載し、原告の著作権(複製権、公衆送信権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害したなどと主張して、①損害賠償請求、②著作権法112条1項に基づく差止請求として、<ア>本件写真の複製、公衆送信又は改変の禁止、<イ>本件写真を複製した本件書籍の出版、販売又は頒布の禁止、③同法2項に基づく廃棄請求として、<ア>被告の運営するウェブサイト内のウェブページからの本件写真の削除、<イ>本件書籍の廃棄を求めた事案である。
 
本件掲載写真は、本件写真から本件エンジンだけが切り出される態様でトリミングされており、背景の色が本件写真とは異なるものであった。
 
被告補助参加人は、本件写真における、被写体の選択・配置、構図・カメラアングルの選択、ライティング・背景の決定等は、全て補助参加人が行っており、原告は、補助参加人の指示に従い、物理的な撮影行為を行ったのみであり、原告における創作性は認められないから、本件写真の著作者は補助参加人である等と主張した。
 
原告が本件写真の著作者(創作者)であるか(争点1-1)
 
本判決は、次のとおり述べて、原告が本件写真の著作者(創作者)であるとした。
 
原告は、写真専門学校を卒業後、建築、自動車関連の撮影アシスタント、スポーツ専門の写真撮影会社勤務等を経て、本件写真の撮影当時は、フリーランスの写真家として活動していたこと、原告は、本件写真を撮影する前に、本件エンジンの銀色を際立たせるために、それに適した黒色の背景を提案したこと、本件写真の撮影場所が狭かったため、本件写真の撮影には三脚を使用することができなかったこと、原告は、本件写真の撮影に際し、手動によりシャッタースピードと絞り、ホワイトバランス等の露出を調整したこと、原告は、本件写真を撮影する直前に、ライティングの濃度、本件エンジンの角度、陰影等を確認するために、本件エンジンを被写体として数枚写真を撮影したこと、その後、原告は、本件エンジンの位置を決め、ライティングを調整し、本件エンジンの側面に光を当てるなどの工夫を凝らした上で、ファインダー内において本件エンジンが上下左右四辺から等距離に来た瞬間を捉えて本件写真を撮影したことが認められる。
以上に照らすと、本件写真の撮影者である原告が本件写真を創作したと認めるのが相当である。
これに対し、補助参加人は、本件写真における、被写体の選択・配置、構図・カメラアングルの選択、ライティング・背景の決定等は、全て補助参加人が行っており、原告は、補助参加人の指示に従い、物理的な撮影行為を行ったのみである旨主張し、これに沿うBの陳述書(丙26)及び証人尋問における供述がある。
しかしながら、Bの供述によっても、Bが写真撮影について専門的な教育を受けたとは認められない。また、Bは、本件写真の撮影に際し、原告撮影の写真について、デジタルカメラのディスプレイで確認したと供述するものの、そのファインダーを覗くことはなかった旨供述するのであるから、そのようなBが原告に対して写真撮影の具体的な指示ができたとは容易に認められない。Bは、書籍の編集者としての立場から、読者が好む写真を作成するための希望を述べたものであって、それを超えて写真の創作的内容についての具体的指示をしたものと認めることはできない。
 

一般に、誰が著作者なのか争いがあるときは、14条・75条3項の推定規定によることができる。これらの推定規定の適用がない場合には、主として著作物の作成過程を事実認定することによって、かかる活動を誰が行ったのかを確定し、誰が著作者なのかを上記基準に照らして判断する(拙著『著作権法〔新訂版〕』118頁)。

本判決も、基本的に同様の手法によっているが、「Bが写真撮影について専門的な教育を受けたとは認められない」等として、作成能力を加味して判断しており、正当であろう。

 
本件写真の創作が職務著作に当たるか(争点1-2)
 
補助参加人は、原告が補助参加人の業務に従事する者であり、補助参加人のために本件写真を撮影し、また、本件写真は補助参加人名義のもとに公表するものであったから、本件写真の著作者は補助参加人である旨主張したので、職務著作に当たるか、争点となった。
 
まず、本判決は著作権法15条1項の制度趣旨を、次のとおり述べた。
 
著作権法15条1項は、法人等において、その業務に従事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し、これが法人等の名義で公表されるという実態があることに鑑みて、同項所定の著作物の著作者を法人等とする旨を規定したものである。
 
次に、「法人等の業務に従事する者」に該当するための一般論を、次のとおり判示した。
 
①法人等と雇用関係にある者がこれに当たることは明らかであるが、②雇用関係の存否が争われた場合には、同項の「法人等の業務に従事する者」に当たるか否かは、法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたときに、法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、法人等がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様、指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して、判断すべきものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第216号同15年4月11日第二小法廷判決・裁判集民事209号469頁参照)。
 
本件では①の雇用関係は認められないから、②本件写真の撮影当時において、原告が補助参加人の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、補助参加人が原告に対して支払った金銭が労務提供の対価であると評価できるかについて検討するとした。
 
次のような業務の態様や報酬の支払状況に照らすと、本件写真の撮影当時において、補助参加人が原告に対して支払った金銭が労務提供の対価であると評価することは困難であるとした。
 
原告は、平成16年頃から平成22年7月頃まで、補助参加人の依頼を受けて、写真撮影を行い、撮影した写真フィルムないしデータを納品したこと、撮影のためのデジタルカメラ、レンズ、ストロボ等は原告が自らの費用で準備していたこと、補助参加人は、原告に対し、交通費のほか、報酬(日当名目)として1日2万2000円(平成19年8頃からは2万5000円)を支払っていたこと、報酬の支払時期は、撮影した写真を掲載した書籍の発行後であり、実際の撮影日から4か月程度後であったこと、平成18年(本件写真が撮影された年)において、原告の補助参加人の依頼による撮影日数は108日であり、それによって得た報酬は237万6000円であったことが認められる。
以上のとおり、平成18年(本件写真が撮影された年)において、原告は、補助参加人からの依頼を受けて写真撮影の業務を行っていたものの、撮影機材は自ら準備し、写真撮影に当たっても自らの判断でその創作的内容を決定していたことが認められる。補助参加人は、原告に対し、報酬として1日2万2000円を支払っているが、その支払時期は、撮影した写真を掲載した書籍の発行後であり、原告の補助参加人の依頼による撮影日数は108日にすぎない。
 
この点については雇用関係がある場合に限らないと考える非限定説が多数説といえよう。詳細は拙著『著作権法〔新訂版〕』123頁参照。
 
本件写真に係る著作権の譲渡の有無(争点1-3)
 
補助参加人は、原告に対し、撮影された写真の著作権が全て補助参加人に帰属することを十分に説明し、原告はこれを了承していた旨主張したので、本件写真に係る著作権の譲渡の有無が争点となった。
 
本判決は、原告と補助参加人との間で、原告撮影の写真について、著作権の譲渡の合意があったとは認められないとした。
 
その理由として、著作権の譲渡について説明したものとはいい難いこと、補助参加人は、原告に対し、原告撮影の写真について、その複製物を第三者に交付することの承諾を求めているから、補助参加人は、原告撮影の写真について、その著作権が原告に帰属することを前提として行動していることがうかがえること、原告が写真の「買取り」や著作権の扱いについて説明がなかった旨を供述していることや、補助参加人が撮影者との間で著作権の譲渡について契約書を作成することが困難であった事情が見当たらないこと等を掲げている。
 
包括的利用許諾の合意の有無(争点1-4)
 
補助参加人は、補助参加人と原告との間で、原告撮影の写真について、以後他の書籍の内容に合わせて改変した上で掲載することを許諾する旨の、包括的利用許諾の合意があった旨主張したので、その有無が争点となった。
 
本判決は、包括的利用許諾の合意があったとは認められないとした。
 
        (続く)

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2013年8月 6日 (火)

プライバシー権侵害の成立に個人識別性を要するとした判例

はじめに
 
情報を公表する行為によってプライバシー権侵害が成立するためには、対象情報について個人識別性が必要か。仮に必要とした場合、公表者(情報の提供元)を基準とすべきか、それとも当該情報受領者(情報の提供先)を基準とすべきか。これらの点に言及した判例が少数ながら存在するので、紹介しておきたい。
 
東京地判平成24年8月6日
 
比較的近時のものとして、東京地判平成24年8月6日平24(ワ)6974号(ウエストロー・ジャパン文献番号2012WLJPCA08068006)がある。
 
本件は、プロバイダ責任制限法4条1項に基づく発信者情報開示請求事件である。
 
原告は、ネット掲示板への書き込みによってプライバシー権を侵害されたと主張し、当該書き込みに用いられた経由プロバイダ(携帯電話会社)を被告として、当該書き込みを行った発信者にかかる発信者情報開示請求を行った。
 
本件投稿によって、原告がオカマバー「b」にニューハーフの「B」として勤務していたという情報を公開したものと認められるか否か(原告のプライバシー権の侵害の有無)が争点となり、本判決は、次のとおり述べた。
 
インターネット上の掲示板に投稿された情報が,他人のプライバシー権を侵害するものであるか否かは,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準として判断するのが相当であるところ,本件投稿は,原告の名字である「甲山」(レス番号141)と原告の名前の一部である「X~」(レス番号146,193,226)あるいは「X○~」(レス番号272)が分割されて投稿されており,各投稿が近接しているわけでもない上,「X~」あるいは「X○~」という記載のみでは,それが名前の一部であるかどうかも明らかではないから,一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において,「甲山X雄」という原告の氏名を認識することは困難であるといわざるを得ない。
 
よって,本件投稿は,原告が「b」で「B」として勤務していたという情報を公開したものということはできない。
 
本判決は、以上の点を理由に、本件投稿によって、そもそも原告のプライバシー権が侵害されたと認めることはできないとして、原告の請求を棄却したが、そのポイントは、「一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において,『甲山X雄』という原告の氏名を認識することは困難である」という部分である。
 
これをさらに分析すると、
 
1.プライバシー権侵害が成立するためには、被害者(本人)たる原告の氏名を認識することができなければならない。
 
2.上記1は、一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿を目にする者において、認識しうるものでなければならない。
 
という考え方に立っていることが分かる。
 
換言すると、公表者(情報提供元)を基準とするのではなく、当該情報提供先となる一般の閲覧者を基準に、被害者たる原告の氏名を認識することができる場合でなければならないとしたものである。
 
本判決は、氏名を問題としているが、掲示板への書き込みという性格を踏まえたものであろう。本判決は、「インターネット上の掲示板に投稿された情報」と注意深く明記して、それを対象とする場合についてのものであることを明らかにしている。顔写真等がアップロードされ、それによって認識(識別)しうるような場合を、氏名がないからといって排斥する趣旨ではないものと思われる。
 
ちなみに、最判平成9年5月27日判時1606号41頁は、名誉毀損における「社会的評価の低下」の判断基準について、「一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべき」であるとしている。前記2は、プライバシー権について、それと類似の判断基準を採用するものといえよう。
 
新潟地判平成18年5月11日(防衛庁リスト事件)
 
さらに遡ると、類似の点について判示したものとして、新潟地判平成18年5月11日判時1955号88頁(防衛庁リスト事件)がある。
 
本判決は、次のように説いている。
 
プライバシー等が侵害されたというためには「個人情報が個人識別性を有することが必要である。」「当該個人情報の開示によりプライバシーが侵害されたか否かが問題となる場面における個人識別性については,当該情報のみで識別できる場合に限らず,一般人が特別な調査を要せずに容易に入手し得る他の情報と照合することにより当該個人を識別できる場合も,これを肯定するのが相当である。」
 
本判決は個人識別性を要件としており、さらに具体的には、被開示者たる一般人を基準として照合容易性について説く点に特色がある。
 
名古屋地判平成17年1月21日判時1893号75頁(成りすまし投稿事件)
 
これまで述べてきた事件とは、やや異質であるが、原告代表者本人であるかのような投稿者名を冒用して電子掲示板に書き込みがなされたことによる原告の名誉、信用、プライバシー権及び人格権の侵害の有無が主要な争点となった事件がある。
 
本判決は、「他人の名義を冒用した表現行為がなされた場合、当該表現行為上に表れた名義人(被冒用者)が当該表現行為の主体であると誤認されることとなる結果、名義人(被冒用者)の名誉、信用、プライバシー権及び人格権が侵害されることはあり得るところである。」とした上、次のとおり説いて侵害の成立を認めなかった。
 
 しかしながら、他人の名義を冒用した表現行為によって名義人(被冒用者)の名誉、信用、プライバシー権及び人格権が侵害されたというためには、少なくとも、通常の判断能力を有する一般人が、当該表現行為の主体と名義人(被冒用者)とが同一人物であると誤認し得る程度のものであることを必要とする
 
取得者の下における再識別化
 
近時は、いったん匿名化など非識別化された情報が、他事業者の下で他の情報と連結されることによって再識別化されることが懸念されている。
 
これらの判例法理によれば、取得者の下で再識別化された時点から、プライバシー権の対象情報となることになろう。 
 
個人情報保護法についても、経産分野ガイドライン3頁は、取得時に識別性を有しない情報であっても、新たな情報が付加され、または容易な照合が可能となった結果、識別性が具備されるに至った場合には、その時点から個人情報となるとしている。したがって、その時点から個人情報保護法の適用が認められることになろう。この点で、再識別化対策について、現状では原則的に自主規制で行かざるをえない合衆国の場合と大きく異なっている。
 
おわりに
 
プライバシー権の侵害が成立するための要件として識別性の要否が問題となった判例は、さしあたり、筆者が探した限りでは、これら以外には発見することができなかったが、他に存在する可能性がある。
 
公表との関係では、例えば「都内に住む某中年男が、昨夜、性病に罹患したとして大学病院に通院した」と掲示板に書き込んだ場合、性病への罹患、通院治療という事実が一般の人なら公表を欲しない事項であっても、それだけでは誰のことなのか全く判然としないとき(識別性がないとき)は、その限度ではプライバシー権侵害であると評価できないのも当然であろう。それは、書き込んだ者が、それが誰であるか知っていたかどうかを問わない。その意味で、公表する際に、「一般の読者」における個人識別性を要件としたことには、一般論としては、少なくとも常識的に理解しやすい面がある。
 
これらの判例の考え方に対しては、異論もあり得ようし、さらなる検討作業が必要であるが、最近ではプライバシー権を重視する立場や、プライバシー権の考え方を重視して個人情報保護法を解釈していこうとする立場が有力である。個人情報保護法について過剰反応が生じる一方、新たな技術等の進展の中で保護されるべき情報に保護が及ばないという、ちぐはぐな状態が生じているからである。
 
その場合には、現行のプライバシー権に関する判例理論の正確な把握が不可欠となる。立法論を展開する場合にも、そのペースとなる判例理論の理解が、前提として重要であることはいうまでもなかろう。
 
とはいえ、これに対し、取得との関係では、さらに検討を要する。また、ドッグイヤーという言葉すら陳腐となるほど早い、新たな技術の進展は、これまで想定していなかったようなケースを惹起しており、常に見直しが必要であるから、固定的に考えるべきでもないことも当然であることを付け加えておきたい。

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2013年8月 4日 (日)

大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)3(完)

前々回、前回に引き続いて、ロケットニュース24事件判決を解説する。
 
名誉毀損の成否
 
名誉毀損の主張に対し、本判決は、次の一般論を述べた上、被告の表現は人身攻撃にまで及んでいるとはいえず、本件動画の内容や撮影場所なども考慮すれば,意見ないし論評の域を逸脱しているとはいえず、他の違法性阻却の要件も満たしているとして、その成立を否定した。
 
ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損においては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,その行為は違法性を欠くと解される(最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決・民集41巻3号490頁,最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁参照)。
 
本件コメント欄記載削除義務の有無
 
本件では被告のニュースサイトにコメント欄が設けられており、コメントの記載削除義務の有無も問題となった。
本判決は、この点についても、次のとおり判示して、これを認めなかった。
 
本件記事及び本件動画の掲載が原告の名誉を違法に毀損するものといえないことは前記4で論じたとおりであり,原告の主張はその前提を欠くものであるが,この点を措いて考えたとしても,そもそも本件記事は原告の実名に言及しておらず,本件コメント欄記載も原告の変名に触れるものこそあれ,その実名に触れるものはない。本件記事及び本件コメント欄記載と一体性のある体裁で本件動画(原告の容貌及び実名を含む。)へのリンクが貼られていた当初においては,本件コメント欄記載が原告に係る書き込みであることを一般読者が理解することはできたといえるが,前記2記載のとおり,被告は,平成23年6月27日に原告から抗議を受けると,直ちに本件ウェブサイトにおける本件動画へのリンクを削除し,その結果として,本件コメント欄記載が原告に係るものであることを特定できないようにしている。つまり,被告は,本件コメント欄記載によって原告の社会的評価が低下することを防止するための対応を適時にとっており,さらに加えて,本件コメント欄記載を全て削除する義務まで負うものではなく,同義務違反もないといえる。
 
また,仮に本件コメント欄記載で触れられている原告の変名により,本件動画へのリンクの削除後も原告を特定できる余地があるとしても,本件コメント欄記載のコメント数は20ほどで,その内容は一様でなく,明らかに原告の名誉を毀損しないものを含む一方,本件コメント欄記載の前提となっている本件動画やその撮影に係る原告の行動に照らせば,原告の名誉を違法に侵害することが明白とまでいえるものを含むとは認められない。しかも,本件コメント欄記載の各コメントはそれぞれ独立していて,個別に削除することは可能であり,被告も原告が削除を求めるコメントを具体的に特定すれば削除を検討するとの意向を示している(平成25年1月18日第6回弁論準備手続期日)にもかかわらず,原告はそのような具体的特定をしようとしない。このような事情からすれば,やはり本件ウェブサイトを運営管理する被告において,本件コメント欄記載を削除すべき義務を負う状況にあるとはいえない。
 
肖像権侵害の有無
 
原告は,本件動画及び本件記事を本件ウェブサイトに掲載したことは,原告の肖像権を違法に侵害し,不法行為が成立する旨主張した。
 
しかし、本件記事のような言語表現によって肖像権が侵害されることは想定できないため、本判決は、本件動画へリンクを貼ったことが原告の肖像権を侵害するかについて検討すしている。非常に珍しい判示である。
 
本判決は、次のとおり判示して、肖像権侵害を認めなかった。
 
被告は,本件動画を公表したわけではなく,既に何者かによって「ニコニコ動画」にアップロードされ,公表されていた本件動画へリンクを貼ったにとどまるのであって,しかも本件動画は,肖像権者である原告の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることがその内容や体裁上明らかではない映像であり,少なくとも,そのような映像にリンクを貼ることが直ちに肖像権を違法に侵害するとは言い難い。そして,被告は,前記判断の基礎となる事実記載のとおり,本件ウェブサイト上で本件動画を視聴可能としたことにつき,原告から抗議を受けた時点で直ちに本件動画へのリンクを削除している。
 このような事情に照らせば,被告が本件ウェブサイト上で本件動画へリンクを貼ったことが,原告の肖像権を違法に侵害したとはいえないし,第三者による肖像権侵害につき故意又は過失があったともいえず,不法行為が成立するとは認められない。

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大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)2

前回に引き続いて、ロケットニュース24事件判決を解説する。
 
著作者人格権たる公表権侵害について
 
原告は,本件動画の公開が,著作者人格権である公表権(法18条)の侵害に当たると主張した。
 
本判決は、次のとおり、本件動画が公表著作物であることを理由に、これを認めなかった。
 
原告は,被告による本件動画へのリンクに先立ち,本件生放送をライブストリーミング配信しており,しかも原告の配信動画の視聴者数については,「常時400人以上であり,特に企画番組は人気で,この日は数千人の視聴者を超え」(訴状)ていたとされる。そうすると,著作者である原告自身が,本件生放送を公衆送信(法2条1項7号の2)の方法で公衆に提示し,公表(法4条1項)したのであるから,本件生放送の一部にあたる本件動画について,公表権侵害は成立しない。
 
著作者人格権たる氏名表示権について
 
原告は,本件動画の「公衆への提供若しくは提示」に際し,原告の変名である「P2」を無断で使用し,原告の氏名表示権を侵害した不法行為が成立する旨主張した。
 
本判決は、この点についても、次のとおり、これを認めなかった。
 
本件記事自体に原告の実名,変名の表示はなく,本件ウェブサイトに表示された本件動画のタイトル部分に被告の変名が含まれていたに過ぎない(甲1)が,前記2記載のとおり,被告は,本件動画へのリンクを貼ったにとどまり,自動公衆送信などの方法で「公衆への提供若しくは提示」(法19条)をしたとはいえないのであるから,氏名表示権侵害の前提を欠いている。
 
また,原告自身,本件生放送において,原告自身の容貌を中心に撮影した動画を配信し,原告の実名をも述べていることに加え,「ニコニコ生放送」で本件生放送やその他の動画を配信する際にも「P2」の変名を表示していたことがうかがわれる(甲1,3,4,乙1,弁論の全趣旨)のであるから,上記「公衆への提供若しくは提示」を欠くことを措いて考えたとしても,本件ウェブサイト上の上記表示が原告の氏名表示権の侵害になるとは認められない。
 
著作者人格権侵害に関するまとめ
 
本判決は、被告は公衆送信の主体でないこと等を理由に、被告には公表権や氏名表示権の侵害成立は認められないとする。
 
参 考
 
 
→ 大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)3(完)
 

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2013年8月 3日 (土)

大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)1

事案の概要
 
大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)は、動画投稿サイト(ニコニコ生放送)に原告が投稿した動画について、被告(ネットニュースサイト)が埋め込み型リンクを張ったことが、公衆送信権侵害に該当するかどうか等が、争われた著作権事件である(請求棄却)。
 
投稿動画の著作物性
 
次のとおり判示して、映画の著作物に該当するとした。
 
なお、本件動画はニコニコ生放送へのライブストリーミング配信であったが、配信後もその内容を視聴することができ、本件生放送は、その配信と同時にニワンゴのサーバに保存され,その後視聴可能な状態に置かれたものと認められることを理由に、「固定」されたものといえる(法2条3項)」としたことに注意されたい。
 
本件動画(その前提となる本件生放送を含む。)は,原告が上半身に着衣をせず飲食店に入店し,店員らとやり取りするといった特異な状況を対象に,主として原告の顔面を中心に据えるという特徴的なアングルで撮影された音声付動画であって(甲3,4),一定の創作性が認められる。
 
また,前記判断の基礎となる事実記載のとおり,原告が利用したニコニコ生放送には,タイムシフト機能と称するサービスがあり,ライブストリーミング配信後もその内容を視聴することができたとされるから,本件生放送は,その配信と同時にニワンゴのサーバに保存され,その後視聴可能な状態に置かれたものと認められ,「固定」されたものといえる(法2条3項)。
 
したがって,本件生放送の一部である本件動画は,「映画の著作物」(法10条1項7号)に該当し,その著作者は原告と認められる。
 
公衆送信権侵害の有無
 
本件では、「被告において、本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックすると、本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態にしたことが、本件動画の「送信可能化」(法2条1項9号の5)に当たり、公衆送信権侵害による不法行為が成立する」と、原告は主張した。
 
しかし、本判決は、被告は本件動画へのリンクを張ったにとどまるとして、この主張を認めなかった。リンクを張った場合における公衆送信行為の主体は、リンク元(被告=ロケットニュース24)ではなく、リンク先(ニコニコ動画)であるとしたのである。
 
被告は,「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画の引用タグ又はURLを本件ウェブサイトの編集画面に入力することで,本件動画へのリンクを貼ったにとどまる。
 
この場合,本件動画のデータは,本件ウェブサイトのサーバに保存されたわけではなく,本件ウェブサイトの閲覧者が,本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックした場合も,本件ウェブサイトのサーバを経ずに,「ニコニコ動画」のサーバから,直接閲覧者へ送信されたものといえる。
 
すなわち,閲覧者の端末上では,リンク元である本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態に置かれていたとはいえ,本件動画のデータを端末に送信する主体はあくまで「ニコニコ動画」の管理者であり,被告がこれを送信していたわけではない。したがって,本件ウェブサイトを運営管理する被告が,本件動画を「自動公衆送信」をした(法2条1項9号の4),あるいはその準備段階の行為である「送信可能化」(法2条1項9号の5)をしたとは認められない。
 
幇助による不法行為の成否
 
本件における原告の主張は、「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画にリンクを貼ることで,公衆送信権侵害の幇助による不法行為が成立する旨の主張と見る余地もある。 」として、本判決は検討した上、これについても認めなかった。
 
 「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画は,著作権者の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることが,その内容や体裁上明らかではない著作物であり,少なくとも,このような著作物にリンクを貼ることが直ちに違法になるとは言い難い。そして,被告は,前記判断の基礎となる事実記載のとおり,本件ウェブサイト上で本件動画を視聴可能としたことにつき,原告から抗議を受けた時点,すなわち,「ニコニコ動画」への本件動画のアップロードが著作権者である原告の許諾なしに行われたことを認識し得た時点で直ちに本件動画へのリンクを削除している。
 
このような事情に照らせば,被告が本件ウェブサイト上で本件動画へリンクを貼ったことは,原告の著作権を侵害するものとはいえないし,第三者による著作権侵害につき,これを違法に幇助したものでもなく,故意又は過失があったともいえないから,不法行為は成立しない。
 
著作者人格権(公表権,氏名表示権)侵害
 
原告は著作者人格権(公表権,氏名表示権)侵害も主張しているが、これについては改めて説明する。
 
→ 大阪地判平成25年6月20日平23(ワ)15245(ロケットニュース24事件)2
 http://hougakunikki.air-nifty.com/hougakunikki/2013/08/2562023152452-1.html

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2011年12月27日 (火)

速報-折り図事件控訴審判決(知財高判平成23年12月26日平23(ネ)10038号)全文

折り紙の折り図に関する創作性が主要争点となった事件である。

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知財高判平成23年12月26日平23(ネ)10038号

平成23年12月26日判決言渡
平成23年(ネ)第10038号 損害賠償等請求控訴事件(原審 東京地方裁判所 平成22年(ワ)第18968号)
口頭弁論終結日 平成23年11月28日

                判 決

控訴人(第1審原告) X
訴訟代理人弁護士 谷 口 隆 良
同 青 木 亜 也
同 眞 木 康 州
同 細 貝 惟 大
同 谷 口 優 子
同 高 橋 暁 子
被控訴人(第1審被告) 株式会社T B S テレビ
訴訟代理人弁護士 岡 崎 洋
同 大 橋 正 春
同 前 田 俊 房
同 渡 邊 賢 作
同 村 尾 治 亮
同 新 間 祐 一 郎
同 木 嶋 望

主 文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人(第1審原告)の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 控訴人の請求

1 原判決を取り消す。
2 (主位的請求)
(1) 被控訴人(第1審被告。以下「被告」という。)は,控訴人(第1審原告。以下「原告」という。)に対し,285万円及び内金260万円に対する平成21年6月28日から,内金25万円に対する平成22年6月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,被告の運営するホームページ()上に別紙謝罪文目録1記載の謝罪文を判決確定日の翌日から1か月間掲載せよ。
3 (予備的請求)
(1) 被告は,原告に対し,285万円及び内金260万円に対する平成21年6月28日から,内金25万円に対する平成22年6月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,被告の運営するホームページ(URL省略)上に別紙謝罪文目録2記載の謝罪文を判決確定日の翌日から1か月間掲載せよ。

第2 事案の概要,当事者の主張等

1 事案の概要
略語については,原判決と同一のものを用いる。また,別紙1(本件折り図),別紙2(被告折り図)及び別紙3(対比表)については,原判決のものを引用する。折り紙作家である原告は被告に対し,被告の制作に係るテレビドラマ「ぼくの妹」の番組ホームページ(「URL省略」。本件ホームページ)に被告折り図(原判決の別紙2記載の「吹きゴマ」の折り図。説明文を含む。)を掲載した被告の行為について,主位的に,被告折り図は,「1枚のかみでおる おりがみ おって遊ぶ -アクションおりがみ-」と題する原告書籍に掲載された本件折り図(原判決の別紙1記載の「へんしんふきごま」の折り図。説明文を含む。)を複製又は翻案したものであり,被告による被告折り図の作成及び本件ホームページへの掲載行為は,原告の著作物である本件折り図について原告の有する著作権(複製権ないし翻案権,公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権,同一性保持権)の侵害に当たる旨主張し,著作権侵害及び著作権人格権侵害の不法行為による損害賠償として285万円及び遅延損害金の支払と著作権法115条に基づき被告の運営するホームページに別紙謝罪文目録1記載の謝罪文の掲載を求め,予備的に,仮に被告の上記行為が著作権侵害及び著作権人格権侵害に当たらないとしても,原告の有する法的保護に値する利益の侵害に当たる旨主張し,上記利益の侵害の不法行為による同額の損害賠償及び遅延損害金の支払と民法723条に基づき上記ホームページに別紙謝罪文目録2記載の謝罪文の掲載を求めた。
原判決は,本件折り図の著作物性を認めたが,被告折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴部分を直接感得することができないとして,被告による被告折り図の作成及び本件ホームページへの掲載行為は,原告の複製権ないし翻案権及び公衆送信権のいずれの侵害にも当たらない,同一性保持権及び氏名表示権のいずれの侵害にも当たらないと判断し,原告の主位的請求は理由がないとした。また,被告の一連の行為が原告の法的保護に値する利益を侵害する違法なものとして不法行為を構成するとは認められないとして,原告の予備的請求も理由がないとした。
原告は,これを不服として,控訴の趣旨記載の判決を求めた。
2 原審における当事者の主張等
争いのない事実等,争点及び争点に対する当事者の主張は,原判決3頁7行目から21頁6行目のとおりであるから,これを引用する。
3 当審における当事者の補足的主張
(1) 争点1(著作権侵害の有無)について
ア 原告の主張
(ア) 「へんしんふきごま」の「折り方」は,事実ないしアイデアではなく,著作権の保護の対象となる「表現したもの」である。
すなわち,本件折り図に示される一折り一折りの形状は,一枚の折り紙をどのように形作っていくかという折り工程を表現したものであり,創作折り紙作家である原告が,その思想・感情を具体的に表現したものであって,事実ないしアイデアではない。仮に,創作折り紙作品の「折り方」がアイデアであって,本件折り図の一折り一折りの形状自体は表現に当たらないとしても,「へんしんふきごま」あるいは「吹きゴマ」の「折り方」を表現するに当たっては,選択の幅がある。本件折り図と被告折り図とは,些末な点を除いて殆ど同じであり,被告折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴を直接感得することができる。
(イ) また,「へんしんふきごま」の「折り方」についての表現方法も,本質的部分である。
すなわち,32の折り工程を,「10個の図面(説明図)を用いた構成とすること」自体はアイデアの範疇に属するとしても,どの折り工程を選択し,一連の折り図として表すか,どこからどこまでの折り工程を一つの手順にまとめるか,何個の説明図を用いて説明するかなどは,アイデアではなく,表現そのものであり,選択の幅がある。本件折り図と被告折り図を比較すると,各折り工程を1ないし10の手順にまとめて表現している点を含めて,折り図全体を見れば,被告折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴を感得することができる。
(ウ) したがって,被告のした被告折り図の作成行為は,本件折り図の複製行為ないし翻案行為というべきである。
イ 被告の反論
(ア) 原告は,「へんしんふきごま」の「折り方」は,事実ないしアイデアではなく,「表現したもの」であると主張する。
しかし,原告の主張は「折り方」と「折り図」を混同するもので,失当である。
(イ) 原告は,「へんしんふきごま」の「折り方」についての表現方法も,表現の本質的部分であると主張する。
しかし,原告のこの点の主張も失当である。
被告折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴を直接感得することはできない。
また,原告は,「へんしんふきごま」の折り工程の表記方法は選択の幅があると主張する。しかし,一つの説明図にいくつの折り工程(手順)を載せるかという構成や観念はアイデアであり,創作的な表現とはいえない。決まった一連の手順がある折り紙の折り方について,A4の大きさで,わかりやすい折り図を作成しようとすれば,一つ一つの説明図で説明できる折り工程(手順)の数には一定の限度があり,その表現方法はおのずと限定される。本件折り図と被告折り図は,アイデアやありふれた表現に過ぎない部分が類似しているとしても,創作的な表現といえる箇所についての類似点はない。
(2) 争点2(著作者人格権侵害の有無)について
ア 原告の主張
上記(1)ア のとおり,「へんしんふきごま」の「折り方」は,アイデアではなく,表現の本質的部分であり,「へんしんふきごま」の「折り方」をどのように表現するかも,表現の本質的部分である。折り図全体を見れば,被告折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴を感得することができる。
したがって,被告による被告折り図の作成及び本件ホームページへの掲載行為は,原告が保有する本件折り図についての同一性保持権及び氏名表示権を侵害する。
イ 被告の反論
上記(1)イ と同様,原告の主張は失当である。
(3) 争点5(法的保護に値する利益の侵害を理由とする不法行為の成否等)について(予備的請求関係)
ア 原告の主張
(ア) 「へんしんふきごま」という折り紙作品は,原告が独自に創作した著作物であり,原告の許諾なくこれをテレビで放映することは,公衆送信権の侵害に当たり,不法行為が成立する。
(イ) 被告が,原告の本件折り図を無断で改変し,原告から許諾を得ることなく自身のホームページに掲載し,原告がこれに気付いて被告に平成21年7月2日に抗議したにもかかわらず,相当期間経過後である同月7日まで放置した。被告の同行為は,不法行為を構成する。
インターネット投稿サイトに,原告書籍(「1枚のかみでおる おりがみ おって遊ぶ -アクションおりがみ-」と題する書籍)の出版社のホームページを紹介する回答が寄せられたり,被告が,原告の抗議により,事後的に,「へんしんふきごま」の「正しい折り方」として,原告について紹介し,原告のホームページへのリンクを貼ったりしたとしても,原告の法的保護に値する利益の侵害がなくなったとはいえない。
イ 被告の反論
(ア) 原告は,「へんしんふきごま」という折り紙作品は,原告が独自に創作した著作物であり,原告の許諾なくこれをテレビで放映することは,公衆送信権の侵害に当たり,不法行為が成立する旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
原告は,平成21年9月5日のメールで,「へんしんふきごま」を放送番組で利用するのには許可は不要であることを認めており(甲6の1),原告が,公開された折り図によって作成される「へんしんふきごま」完成作品が利用されることについて包括的に同意していたといえるから,被告による上記利用によって原告の権利又は法律上保護される利益は侵害されていない。被告が折り紙作品をテレビで放映することが不法行為に該当するとする原告の主張は,失当である。
なお,折り図の書籍に折り図が掲載されている折り紙の完成品は,折り図に従って多数の読者が折った場合,同じ完成作品が大量に出来上がるのであり,専ら鑑賞目的で創作される美的創作物である純粋美術と対比される応用美術の一種であるから,許諾の対象とならない。
(イ) また,原告は,被告が,本件折り図を無断で改変し,原告から許諾を得ることなく自身のホームページに掲載し,原告がこれに気付いて被告に平成21年7月2日に抗議したにもかかわらず,相当期間経過後である同月7日まで放置した不法行為を行った旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
原告の主張は,被告に著作権ないし著作者人格権侵害があったことを前提とするが,前提自体誤っており,理由はない。また,原告は不法行為の成立について縷々主張するが,いずれも原告の法的利益が侵害されたことを基礎づける理由となっていない。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所は,原告の請求にはいずれも理由がないと判断する。その理由は,後記2のとおり,当審における当事者の補足的主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の1から3まで(原判決21頁7行目から34頁18行目)のとおりであるから,これを引用する(なお,以下では,原審の判示と重複して記載した部分がある。)。

2 当審における当事者の補足的主張に対する判断

(1) 争点1(著作権侵害の有無)について
ア 被告折り図と本件折り図とを対比すると,①32の折り工程からなる「へんしんふきごま」(吹きゴマ)の折り方について,10個の図面(説明図)及び完成形を示した図面(説明図)によって説明している点,②各説明図でまとめて選択した折り工程の内容,③各説明図は,紙の上下左右の向きを一定方向に固定し,折り筋を付ける箇所を点線で,付けられた折り筋を実線で,折り筋を付ける手順を矢印で示している点等において共通する。
しかし,他方で,本件折り図は,折り筋を付ける手順を示す矢印,折り筋を付ける箇所及び向きを示す点線(谷折り線・山折り線),付けられた折り筋を示す実線,折った際に紙が重なる部分を予測させるための仮想線を示す点線によって折り方を示すことを基本とし,これらの折り工程のうち矢印,点線等のみでは読み手が分かりにくいと考えた箇所について説明文及び写真を用いて折り方を補充して説明する表現方法を採っているのに対し,被告折り図は,折り工程の順番を丸付き数字(①ないし)で示した上で,折り工程の大部分(①ないし,ないし,ないし)について説明文を付したものであって,説明文の位置付けは補充的な説明にとどまるものではなく,読み手がこれらの説明文と説明図に示された点線,実線及び矢印等から折り方を理解することができるような表現方法を採っている点において相違する。
このような相違点に加えて,本件折り図では,写真を用いた説明箇所があるのに対し,被告折り図では,写真を用いていない点,本件折り図では,紙の表と裏を色分け(赤色と無色)しているのに対し,被告折り図では,色分けをしていない点,本件折り図における「工夫のヒント」の記載内容と被告折り図における「完成!」の記載内容が異なる点などにおいて相違する。
以上のとおり,被告折り図と本件折り図とは,上記のとおりの相違点が存在し,折り図としての見やすさの印象が大きく異なり,分かりやすさの程度においても差異があることから,被告折り図は本件折り図の有形的な再製には当たらず,また,被告折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴が直接感得できるともいえない。
以上のとおり,被告が被告折り図を作成する行為は,本件折り図について有する原告の複製権ないし翻案権を侵害しない。
イ また,原告は,本件折り図の「32の折り工程のうち,どの折り工程を選択し,一連の折り図として表現するか,何個の説明図を用いて説明するか」は,アイデアではなく,表現であるとして,被告折り図と本件折り図とは,上記の点において共通するので,被告が被告折り図を作成する行為は,本件折り図について有する原告の複製権ないし翻案権を侵害すると主張する。
しかし,原告の主張は,主張自体失当である。
すなわち,著作権法により,保護の対象とされるのは,「思想又は感情」を創作的に表現したものであって,思想や感情そのものではない(著作権法2条1項1号参照)。原告の主張に係る「32の折り工程のうち,10個の図面によって行うとの説明の手法」それ自体は,著作権法による保護の対象とされるものではない。
上記アのとおり,被告折り図と本件折り図とを対比すると,①32の折り工程からなる折り方について,10個の図面(説明図)及び完成形を示した図面(説明図)による説明手法,②いくつかの工程をまとめた説明手法及び内容,③各説明図は,紙の上下左右の向きを一定方向に固定し,折り筋を付ける箇所を点線で,付けられた折筋を実線で,折り筋を付ける手順を矢印で示しているという説明手法等において共通する。しかし,これらは,読者に対し,わかりやすく説明するための手法上の共通点であって,具体的表現における共通点ではない。そして,具体的表現態様について対比すると,本件折り図と被告折り図とは,上記アのとおり,数多くの相違点が存在する。被告折り図は本件折り図の有形的な再製には当たらず,また,被告折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴が直接感得できるともいえない。したがって,被告が,被告折り図を作成することによって本件折り図を複製ないし翻案した旨の原告の主張は採用できない。

(2) 争点2(著作者人格権侵害の有無)について
原告は,「へんしんふきごま」の「折り方」は,アイデアではなく,表現の本質的部分であり,「へんしんふきごま」の「折り方」をどのように表現するかも,表現の本質的部分であるとして,被告による被告折り図の作成及び本件ホームページへの掲載行為は,原告が保有する本件折り図についての同一性保持権及び氏名表示権を侵害すると主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
上記(1) と同様の理由により,被告折り図から本件折り図の表現上の本質的特徴が直接感得できない以上,原告の主張は前提を欠き,失当である。

(3) 争点5(法的保護に値する利益の侵害を理由とする不法行為の成否等)について(予備的請求関係)
原告は,原告が独自に創作した著作物である「へんしんふきごま」という折り紙作品を,原告の許諾なくこれをテレビで放映することは,公衆送信権の侵害に当たり,不法行為が成立する,被告が,原告の本件折り図を無断で改変し,原告から許諾を得ることなく自身のホームページに掲載し,原告がこれに気付いて被告に平成21年7月2日に抗議したにもかかわらず,相当期間経過後である同月7日まで放置した行為は,不法行為を構成する旨主張する。
しかし,原告の主張はいずれも失当である。
証拠(甲4,甲6の1)によれば,原告は,平成21年9月5日の被告PRセンター担当者宛てメールで,作品を番組の中に登場させるのに許可は必要だとは思っていない旨回答しており,同年10月20日の被告宛て「通知書」でも,「へんしんふきごま」という折り紙作品が番組で放映されたことについての抗議はしていない。そうすると,原告は,「へんしんふきごま」という折り紙作品がテレビ番組において放映されることについては,事後的に許諾を与えたと認められるか,又は,少なくとも社会通念に照らして容認したものと認められるから,被告による上記放映によって原告の公衆送信権が侵害されたとはいえない。
また,被告が,原告から許諾を得ることなく,被告折り図を被告のホームページに掲載し,原告が平成21年7月2日に抗議したにもかかわらず,同月7日まで放置する行為をしたとしても,被告折り図が原告の著作権ないし著作者人格権を侵害しないものである以上,被告の上記行為が不法行為を構成するとはいえない。また,前記の事実経過に照らし,被告の行為によって,原告の法律上保護される利益は侵害されていない。

3 小括
以上のとおり,原告の主張はいずれも理由がない。原告は,その他縷々主張するが,いずれも上記認定判断を左右しない。

第4 結論

原告の請求はいずれも棄却すべきものであり,これと同旨の原判決は正当である。
よって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
池 下 朗
裁判官
武 宮 英 子

(別紙) 謝罪文目録1

謝 罪 文

当社は,平成21年6月28日から10日間にわたり当社制作にかかる番組,日曜劇場「ぼくの妹」の中で登場した「吹きゴマ」の折り方を示した折り図を同番組のホームページ上に掲載しました。
これは,日本折紙協会・折紙学会会員の創作折紙作家であるX氏の著作「1枚のかみでおる おりがみ おって遊ぶ -アクションおりがみ-」(誠文堂新光社)34頁~35頁に依拠して,当社が同人に無断で改変した上,同人に無断で掲載したものです。
上記の当社の行為はX氏の著作者人格権を侵害するものでありました。
このことについてX氏に対して深く陳謝するとともに,当社が無断改変した不正確な「吹きゴマ」の折り方をご覧になった視聴者の方々におかれましては上記のX氏の著書ないし同人作成にかかるホームページ(URL省略)をご覧頂きますようご案内申し上げます。

(別紙) 謝罪文目録2

謝 罪 文

当社は,平成21年6月28日から10日間にわたり当社制作にかかる番組,日曜劇場「ぼくの妹」の中で登場した「吹きゴマ」の折り方を示した折り図を同番組のホームページ上に掲載しました。
これは,日本折紙協会・折紙学会会員の創作折紙作家であるX氏の著作「1枚のかみでおる おりがみ おって遊ぶ -アクションおりがみ-」(誠文堂新光社)34頁~35頁に掲載されている折り図を,当社が同人に無断で改変した上,同人に無断で掲載したものです。
当社の掲載した折り図は「吹きゴマ」の完成に至らない不正確なものであり,視聴者の方々にX氏がこのような折り図を作製したかのような誤解を与え,X氏の名誉・信用を傷つけるものでありました。
このことについてX氏に対して深く陳謝するとともに,当社が無断改変した不正確な「吹きゴマ」の折り方をご覧になった視聴者の方々におかれましては上記のX氏の著書ないし同人作成にかかるホームページ(URL省略)をご覧頂きますようご案内申し上げます。

出典
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111227153902.pdf

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2011年12月24日 (土)

いわゆる自炊代行事業差止請求訴訟について

報道等によれば、浅田次郎氏など大物作家7名が、「スキャン事業者」2社に対し、行為差止めを求める訴えを、平成23年12月20日、東京地方裁判所に提起した。いわゆる「自炊代行事業」を差し止めようというものである。

筆者は、原告、被告のいずれの側からも、現時点において本件に関与していないので、第三者という視点から、簡単に解説をしておきたい。以下は報道等に基づいた整理にすぎないことを、お断りしておく。

ここに「自炊」とは、PCやスマホなどの電子機器で閲覧するため、市販書籍をスキャナで読み込んで電子データ化するという行為を指している。書籍のデータを自ら吸い込み、吸い出すことが、その語源だという指摘もある。

「自炊代行」とは、ユーザーの依頼に応じ、この「自炊」を専門業者が行うことをいう。この専門業者のことを、今回の原告側は「スキャン事業者」と呼んでいる。一般には「自炊代行業者」と呼ばれることも多い。スキャンする前提となる書籍の裁断も行ってくれるという。

原告ら側の下記プレスリリース「書籍スキャン事業者への提訴のご報告」によると、「第三者から委託を受けて別紙作品目録記載の作品が印刷された書籍を電子的方法により複製してはならない。」というものである。

同プレスリリースは、「スキャン事業者(自炊代行業者)」を提訴した理由(請求原因)の骨子について、次のとおりとしている。

  • 「被告各社は、不特定多数の利用者から注文を受け、不特定多数の書籍をスキャンして電子ファイルを作成し、利用者に納品する事業を行っているものです。このような行為をその書籍の著作権者の許諾なく行うことは、著作権法21条の複製権侵害です。
    本年9月、原告らは、スキャン事業者に宛て、自己の作品の書籍をスキャンして電子ファイルを作成することを許諾しない旨を明確に伝えるとともに質問書を送りましたが、被告各社は、「今後も引き続き、原告らの作品について注文があった場合は、スキャン及び電子ファイル化を行う」旨を回答しております。
    従って、被告各社は、今後も、原告らの著作権を侵害するおそれがあるので、著作権法112条1項に基づいて、その差止めの請求をしたものです。」

原告らは、今回の提訴は、あくまでも「スキャン事業者(自炊代行業者)」の行為を違法とするものであって、個人の「自炊」を違法とするものではないとしている。同プレスリリースは、「ユーザー自身が個人的な目的で書籍をスキャンする、いわゆる「自炊」は、著作権法上の「私的複製」として認められていますが(著作権法30条1項))、業者が(まして大規模に)ユーザーの発注を募ってスキャンをおこなう事業は私的複製には到底該当せず、複製権の侵害となります。」と指摘しているからである。

実際のところ、音楽CDをiTuneに取り込むような行為は、我が国の場合、こうした同項への該当性という法律構成によって成り立ってきた。

結局、この問題の主たる論点は、個人ユーザー自身による「自炊」は当該個人ユーザーによる複製であるとしても、「自炊代行」における複製行為の主体は誰なのかという点である。

実際に電子データ化という物理的行為を行っているのは「スキャン事業者(自炊代行業者)」であるという点からすれば、「スキャン事業者(自炊代行業者)」には「私的複製」は成り立たないから、違法であるという考え方となろう。これが原告ら側の主張であるように思われる。

これに対し、あくまでも「自炊行為」の主体はユーザーであって、「スキャン事業者(自炊代行業者)」は、ユーザーの手足として実施しているだけであるとすれば、適法なユーザーの行為を手伝っているだけなので、「スキャン事業者(自炊代行業者)」も適法であるという考え方となろう。おそらく、これが被告ら側の主張となろう。

このように、誰が複製行為の主体なのかという点こそが、本件では問われることになろう。

この点についてはロクラクII最高裁判決が打ち出したロクラク法理が有名である。だが、同法理では物理行為を行っていなくとも、法解釈という観点から事業者を行為者と同視できるとして侵害が認められたのに対し、今回の場合は、事業者が物理的行為を行っている者であるという点で、違いがある。

さらに、後者の考え方を前提にしても、ユーザーの行為が著作権法30条1項2号にいう自動複製機器を用いた複製に該当し、「例外の例外」として違法とされる可能性も残る。

いずれにしても、訴訟は今、始まったばかりである。原告ら側の言い分は報道等から知ることができるが、被告ら側の言い分は明らかになっていない。いずれ折を見て続報していきたい。

2011年12月25日27日追記

実質論として考えると、「自炊」によって電子データ化されたものが不正流通するおそれを指摘する声も、一部にはあるようだ。しかし、もしも頭から憶測でユーザーや業者を泥棒扱いするという趣旨であれば、いかがなものだろうか。そうした乱暴な意見には賛成しがたい。今後における訴訟の審理の中で、それが憶測に過ぎないものなのか、それとも証拠によって裏付けられるものなのか、明らかされていく可能性がある。この点については、先入観を持つことなく、行方を見守りたい。

次に、法的な意味はともかくとしても、作家・浅田次郎氏は、裁断された本を正視に堪えないという、「自炊」に対する気持ちを示している(後記「スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき」参照)。

筆者も物書きの末席を汚す者として、お気持ちは分かる。だが、少し前の統計資料では、紙の書籍の返本率は4割を超えている(後記Garbagenews.com記事参照)。悲しいかな、これが現実である。

その一方、一般のユーザー側の中には、新たなテクノロジーの進展を受け入れられないのかと言いたい人もいるだろう。もとより、スキャナが新たなテクノロジーというわけではない。スマホやタブレット型PCによって、いつでも、どこでも、モバイルで閲覧できることを指している。

しかし、権利者側からすれば、だからこそ大量コピーに連なるので困ると主張したいはずである。家庭にも普及しているプリンタ複合機にはスキャナ機能が付いているので、それを用いれば「自炊」することができる。ところが、書籍の裁断を含め、今もって「敷居」が高いからこそ、「自炊代行」なるものが流行するということになろう。

これに対し、スキャンすること自体は難しいことではなく、裁断が素人には容易でないというのが実情であり、それなら裁断だけを代行する業者が出現すれば、複製とは言えないはずであるから、今回の提訴は実質的に意味が薄いと指摘する人もいるようだ。

さらに、いったん原告らは書籍の出版で印税を得ているのだから、なぜ今さら重ねて権利主張をするのかという意見もある。中古ゲームソフト事件最高裁判決は、映画著作物の頒布について、明文なき消尽を認めた。

これに対しては、譲渡に関しては消尽が解釈で認められる余地があっても、本件は譲渡ではなく複製ではないかという反論も予想される。それなら、私的使用の枠を超えて譲渡、もしくは公衆送信された際に初めて取り締まればいいはずだという再反論も考えられないではない。

最後に、便利なはずの電子出版が、いっこうに日本では本格的に普及しないこともあり、ユーザーが「自炊」に頼りたいという気持ちがあることにも頷ける面がある。そう言うと、それと本件とは別だという声が出ることも、容易に予想される。

これらは音楽配信について、かつて見た風景と一部で似ている面もあるが、異なる面も多い。このようにして、問題の背景事情は今後も複雑化する一方なのかもしれない。ただそれと、法解釈とは、必ずしも連動しないということも指摘しておかなければならない。その善し悪しは別として。

2012年5月31日追記

自炊業者全員が訴えを認諾して、本件は終了したようだ。

30条1項は「当該使用者は……複製することができる」という文言なので、使用者本人が複製することが要件となる。業者への依頼による場合を認めると大量複製に連なるおそれがあることが制度趣旨とされている。したがって、もともと本件のように「業者への依頼による場合」には適用されない。

これは私の著書「著作権法」227頁にも明記している事柄であり、確立した通説である。

ただ、それだけのことであり、わざわざ訴訟で争うほどの案件であったか、きわめて疑わしい。騒いでいたのは、著作権法をよく知らない人だけだったのではないか。

参考

原告ら側のプレスリリース「書籍スキャン事業者への提訴のご報告」
   

「スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき」
   http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/21/news044.html

玉井克哉「自炊代行提訴についての雑感」
   http://agora-web.jp/archives/1416605.html

福井健策弁護士ロングインタビュー:「スキャン代行」はなぜいけない?
   http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1112/23/news009.html

関口 州「私が否応なく自炊を選択した経緯と新たな発見」
   

小霜和也「自炊代行の真の問題点とは」
   http://agora-web.jp/archives/1416882.html

その他BLOGOS「自炊代行」特集
   http://blogos.com/news/printscan/?g=life

小倉秀夫 「原則自由」な社会における自炊代行論争
   http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2011/12/post-f028.html

Garbagenews.com「新刊書籍・雑誌出版点数や返本率推移をグラフ化してみる」
   http://www.garbagenews.net/archives/1565633.html

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