風評被害と損害賠償
1.原発事故と風評被害
最近では、福島第一原発事故による風評被害が話題になっている。
風評被害とは、「デジタル大辞泉」によれば「根拠のない噂のために受ける被害」のことをいう。
今回の場合には、原発事故による放射能汚染を受けたおそれがあるとして、売上が落ち込んだことが問題視されている。春の大型連休であるにもかかわらず、隣接区域では、ホテル、旅館のキャンセルも相次いでいると報道されている。
対象となった被災地の農畜産物その他の生産品は、政府の出荷停止指示を受けたものはもとより、こうした指示を受けることなく、出荷が認められているものまでもが敬遠されるなどしている。
こうした中で、茨城、栃木のJAでは、2011年4月28日、東京電力本店を訪問し、原発事故による農畜産物の風評被害の損害賠償を求めて請求書を提出した。
そのため、以下、風評被害と損害賠償について説明してみたい。
2.貝割れ大根事件
風評被害による損害賠償請求訴訟として有名なのが、貝割れ大根事件である。この連休中にも、ユッケ食中毒事件が発生して、たいへんな騒ぎになっているが、この事件が発生したときも、そうだった。
本件は、大阪府堺市で発生した病原性大腸菌O-157 による集団食中毒に関し、貝割れ大根が原因食材と断定するに至らないにもかかわらず、厚生大臣(当時)が、貝割れ大根が原因食材とは断定できないが、その可能性も否定できない(中間報告)、原因食材としては特定施設から特定の日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高い(最終報告)という調査報告などを公表したことによって、貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせたという事案である。
3.生産・販売者が提起した国家賠償訴訟
本件では、原因食材として特定施設が名指しされた。そこで、この特定施設を営む生産・販売者が国家賠償訴訟を提起した。
大阪高裁平成16年2月19日判決は、中間報告には公表すべき緊急性、必要性が認められず、最終報告についても誤解を招きかねない不十分な内容であるとして、国の損害賠償責任が認めた。
4.他の生産者や業者団体が提起した国家賠償訴訟
風評被害を受けた他の生産者や業者団体も国家賠償訴訟を提起した。
東京高裁平成15年5月21日判決は、中間報告のあいまいな内容をそのまま公表したため、貝割れ大根が原因食材と疑われているとの誤解を広く生じさせたことにより、貝割れ大根のO-157による汚染という食品にとって致命的な市場における評価の毀損を招いたとして、やはり国の損害賠償責任を認めた。
5.おわりに
以上の判例によれば、原因食材として名指しされた生産・販売者それ自体だけでなく、風評被害を受けた他の生産者や業者団体も、一般論としては賠償を請求しうることになる。
とはいえ、貝割れ大根事件は、貝割れ大根が原因食材である可能性が、厚生大臣(当時)によって喧伝されたことが責任原因として認められたケースである。
これに対し、今回のケースは、国による不正確な情報提供というよりも、東電が原発事故を起こし、あるいは原発事故の後始末に落ち度があったことから、放射能が流れたことが原因となっている。
それによって政府の出荷停止指示を受けたものだけでなく、受けていないものについても、敬遠されたことになるから、風評被害といっても、やや局面が異なっている。むしろ、今回は、事故と損害の相当因果関係が、どこまで認められるかという問題であろう。
今回のケースでは、原子力損害賠償法が定める「異常に巨大な天災地変」による場合の事業者免責規定が適用されるか、そもそも人災なのではないかなど、他にも検討すべき課題は多いが、それはまたの機会にしたい。
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